中井拓志『レフトハンド』角川書店 1997年

 製薬会社テルンジャパン埼玉総合開発研究所第3号棟。そこは今,恐るべきウィルスに汚染されていた。感染した患者の抜け落ちた左腕が,別の生物に生まれ変わるというLHV=レフトハンド・ウィルス。研究主任・影山智博はLHVを外にばらまくと脅迫して,第3号棟を占拠。テルンジャパン,厚生省,公安の思惑が入り乱れ,事態は混迷の一途をたどる。いったいLHVに隠された秘密とはなんなのか?

 遺伝子工学の発達は,ホラーに「バイオ・ホラー」という新しいジャンルを生み出しました。それは,ホラーお得意のさまざまなモンスタ出現に,新たな理由づけを与えるとともに,もうひとつ,新しいタイプの「内なる恐怖」を作り出したと言えます。つまり,人間の内側には,なにやら得体の知れない秘密を隠し持った「DNA」なるものが存在するという恐怖です。もちろん,本当の遺伝子学者からすれば噴飯ものではあるのでしょうが,少なくとも「イメージ」として,DNAにはそんな役割が割り当てられるのでしょう。
 そしてDNAが,なにかのきっかけで暴走を始めるとき,人間は自分自身さえわからないままに,「内側から」おぞましい存在へと変身してしまう恐怖。そういった新たな恐怖の形を,ホラーというジャンルに提供したように思えます。

 さて本作品は第4回の角川ホラー小説大賞長編賞受賞作だそうです。この賞は,賞金や作品の出版とともに,「映像化」という特典が加味されています。そのせいでしょうか,『パラサイト・イヴ』のクライマックスでも感じたのですが,本作品も映像性をかなり意識した作品のように思います。
 とくに,LHVに感染した患者の左腕がしだいに変化し,最後に抜け落ちる(引っこ抜かれる?)壮絶なシーンは,『遊星からの物体X』などとのようなSFXを駆使したホラーSF映画を思い起こさせます。あるいは,(邪推かもしれませんが)受賞作選考の過程で,「映像化」という条件がプレッシャとして存在しているのかもしれません。

 また本作品は,LHVや影山智博の処遇をめぐって,いろいろな思惑が絡み合い,官僚主義的な,責任の押しつけあい,なすりあい,なれあいなどが,けっこうスペースをとって描かれています。その描写は作品全体にどこかブラック・コメディ風の雰囲気を持たせています(文体もそんな感じがあります)。ただ少々くどすぎるきらいもあり,ストーリー展開のテンポがいまいち良くないようにも思えます。ストーリーそのものは単純といえば単純なものですので,もう少し(言葉は悪いですが)「贅肉」を削って,すっきりさせた方が,読みやすかったのではないかと個人的には思いました。
 また登場人物がいずれも,よく言えば個性が強すぎ,悪く言えば「××なんじゃねぇか,こいつら」という感じで(とくに城之内美沙!),そこらへんもちょっと読み進めるのが滞ってしまった一因なのかもしれません。

97/12/06読了

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