北森鴻『凶笑面 蓮丈那智フィールドファイルI』新潮文庫 2003年

 美貌にして異端の民俗学者蓮丈那智を主人公とした連作短編集です。助手の内藤三國を「ワトソン役」として,民俗事象に絡んだ事件を解き明かしていくという体裁の5編を収録しています。

 冒頭で諸星大二郎『妖怪ハンター』に献辞が捧げられていることから,「スーパーナチュラルな伝奇かな?」と思っていたのですが,やはりこの作家さんはミステリ・リーグ。さまざまな祭礼や習俗,信仰などを上手に重ね合わせながらのミステリ作品となっています。
 もちろんミステリと民俗ネタとの結びつきは,童謡・民謡の「見立て殺人」に代表されるように,非常に古いものがありますし,閉鎖的な村や島が,一種の「クローズド・サークル」として作品の舞台に選ばれたりします。またデコレーションとして作品世界の「おどろおどろしさ」を表す重要なアイテムでもあります。
 そういった意味で,本シリーズもミステリの歴史の流れに乗る作品と言えますが,本作品の民俗ネタの「取り扱い方」は,独特なものがあります。それは那智たちが遭遇する事件と,民俗事象とが,一種の「合わせ絵」になっている点です。
 たとえば「鬼封会(きふうえ)」では,民俗学的に異様な習俗と,それを撮影した学生が,彼がストーキングしていた女性に殺されるという事件が描かれています。後者の,一見平凡に見える殺人事件に隠されていたトリックが,前者の習俗の秘密と重なり合うことで,両者ともに鮮やかに解き明かされるクライマクス・シーンは圧巻です。
 また,両腕が切断されている秘仏の謎を描いた「邪宗仏(じゃしゅうぶつ)」では,さながらその仏像を模倣したかのような両腕切断の死体が発見されます。ミステリの常道“見立て殺人”に見えた「腕の切断」には,意外な(エピソードの素材とよくマッチした)秘密が隠されており,それでいながら,単純な「見立て」ではない,殺人事件そのものが,仏像に隠された「闇の民俗」の「見立て」になっているという奥深い構造になっています。

 そしてもうひとつ本シリーズの魅力は,民俗事象を扱いながらも,けっしてその奇怪さやおどろおどろしさに頼るのではなく,しっかりとしたトリックを基礎に据えた本格ミステリであることでしょう。表題作「凶笑面(きょうしょうめん)」は,土蔵の中で起きた殺人事件をめぐる二重三重の殺人者の意図をあぶり出していきます。また「不帰屋(かえらずや)」では,民俗学的に「女の家」と呼ばれる,奇妙な構造の家屋で発見された死体の謎が描かれますが,そこでは,民俗学的コードに乗っ取りつつ,奇抜な密室殺人のトリックが明らかにされます。さらに上にも書いた「鬼封会」でもまた,「なぜ殺人者は,被害者に先回りして転居できたのか」という謎を,わたしたちの日常的な行動に即しながら,鮮やかに解き明かしています。
 つまりこういった本格ミステリをベースにしながら,そこに,けっして「鬼面人を驚かす」的なガジェットとしてではなく,事件の本質として民俗事象をじつに巧みに丁寧に重ね合わせているところが,「民俗ミステリ」ではなく「民俗ミステリ」と呼ばれる所以なのでしょう。

 そんな中で「双死神(そうししん)」は,やや異なる手触りを持ったエピソードです。「ある人物」が登場するということもありますが(まぁ,ファン・サービスと言ってしまえばそれまでですが(笑)),それとともに,「だいだらぼっち」「鉄製作」をめぐって「日本古代史の裏面」を解き明かしていく展開は,『妖怪ハンター』というより,どちらかというと『宗像教授伝奇考』(星野之宣)に近いのではないでしょうか? ネタ的に近いせいもあるのでしょうが…

03/02/15読了

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