B・フリーマントル『フリーマントルの恐怖劇場』新潮文庫 1998年

 原題“The Ghost Stories”からもわかりますように,ストレートでオーソドックス,正統派怪談・幽霊譚,12編をおさめた短編集です。フリーマントルと言えば,『消されかけた男』など,「スパイ小説の書き手」というイメージが強いのですが,解説に掲載された「日本の読者のみなさんへ」という文章によれば,この作者,スパイ小説のほか,海洋ものやホラーなど,さまざまなタイプの作品をものにしているようです。本短編集もそんなヴァラエティな作風のひとつなのでしょう。

「第1話 森」
 16世紀,東欧の一地方を支配するティーレイア兄弟は暴虐の限りを尽くし…
 地図にも載っていないような小さな村に伝わる因縁譚です。このような伝説は,もしかすると世界各地の,名も知られぬ村に,ひそかに伝わっているのかもしれません。
「第2話 遊び友達」
 成功した作曲家ハリー・ボーエンが買った由緒ある屋敷。改装中に子どもの玩具が発見されてから…
 子どもがしばしば創り出す「幻の友人」から幽霊譚へと移行していくストーリィは,怪談ではよく見られるパターンですが,それに対する両親―とくに母親―の態度が,ちょっと新鮮な感じがします。
「第3話 ウェディング・ゲーム」
 婚礼前夜のウェディング・ゲームの最中に花嫁が死んだ城で,ふたたびゲームが行われ…
 「現在」が「過去」に勝利した,と思われた瞬間,くるりと反転するラストが肌寒さを感じさせます。
「第4話 村」
 一村を全滅させた戦犯にされてしまったオットー・ブロッホは,46年後,妻子とともにその村を訪れ…
 日本にこういう作品はあるでしょうか…。
「第5話 インサイダー取引」
 インサイダー取引で莫大な富を築いたベル夫妻は死後の世界を信じていて…
 怪談ながら,伏線の効いたミステリ・テイストな作品です。アイロニカルなラストが苦笑させられます。
「第6話 ゾンビ」
 アフリカ奥地で宣教師がつぎつぎと行方不明になり…
 コンラッド『闇の奥』を思わせる作品です。「毒をもって毒を制す」という言葉がありますが,制するための毒の使い方次第では,使う方が制されてしまうのかもしれません。
「第7話 魂を探せ」
 元CIA情報員“おれ”は,「あの世」に入るため自分の魂を探そうとし…
 「死んでも○○は治らない」と言いますが,死んでもスパイはスパイなのかもしれません。KGB相手(こちらも幽霊)の会話がコミカル・シニカル・アイロニカルで笑えます。
「第8話 愛情深い妻」
 愛人と結婚するために妻を殺した男の前に妻の幽霊が現れ…
 なにもしない,しかしいつも傍らにいる。これはなにかするより怖いかもしれません。
「第9話 ゴーストライター」
 コメディアンとして売れなかった男は,あの世でシナリオライターとして成功し…
 なんか「そのまんま」という感じの作品ですね。
「第10話 洞窟」
 巨大洞窟の熟練ガイド・ルネは,妻子を洞窟の中で失い…
 しみじみとした作品です。洞窟で行方不明になった友人の息子を救助するため,ふたたび洞窟に入る主人公の姿は雄々しいです。また息子の遺品を見つけたときの彼の姿が淡々としたタッチで描かれ,心に迫ります。。
「第11話 デッド・エンド」
 夫が裏切った妻を殺した。最初はそんな単純な事件と思われたが…
 文字通り「死者の告発」といった作品。ミステリと怪談が巧みにブレンドされた佳品です。本作品集で一番楽しめました
「第12話 死体泥棒」
 貧民の救済に尽力する医師シンクレアは,ある仮説にとりつかれ…
 善意と“科学”の果ての狂信,その皮肉な結末。オーソドックスながら,グロテスクなラストは「ぞくり」とさせられます。

98/08/10読了

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