貫井徳郎『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』集英社文庫 2000年

 サブ・タイトルが,そのまま内容を示している連作短編集です。巻末に「自注解説」がついていますが,作者自身が,「この作品はレベル的に一段落ちる」とか書いているのは,ちょっといただけません。

「崩れる」
 生活能力のないカスのような夫,そのミニチュアの息子―1本の電話をきっかけにして妻の心は,坂道を転がり始める…
 日常生活の中で沈殿していくもの,膨張していくもの――それらが「閾値」を超えてあふれ出すとき・・・それは本編で描かれるように,「するり」と訪れるものなのかもしれません。設定から結末は予想はつくものの,「日常」から「非日常」への転換が連続していて,カタストロフに雪崩れ込むところは「どきり」とさせられます。
「怯える」
 修羅場ののちに別れた昔の恋人―彼女からの電話が,新婚生活に波紋をもたらし…
 「はたして,どのような結末を迎えるのか?」という興味が,ぐいぐいとストーリィを引っぱっていき,そしてラスト,「をを,そう来たか!」という見事なうっちゃり。わりと「ありがち」な始まりながら,エンディングは秀逸。
「憑かれる」
 高校時代の友人から,新婚旅行直前のパーティに参加してくれと電話があり…
 オーソドックスな,あまりにオーソドックスな怪談。「前振り」がやや長めなのも難。しかし,二転三転するラストの,スピーディな展開は,やはり筆達者ですね。
「追われる」
 結婚相談所のコーディネイター千秋は,シミュレーション・デートの相手に言い寄られ…
 主人公をやや気弱なタイプに設定することで,彼女が襲われる恐怖の「いわれなさ」が増幅し,恐怖感を高めています。もし,友人の牧恵のように強気だったら,オーソドックスな「人を呪わば穴二つ」になってしまいますから。でも,こういったビジネスがホントにあることの方が,むしろ怖いかも^^;;
「壊れる」
 妻の事故を起こした相手が,上司の妻だったことから,理不尽な事故処理交渉を強いられ…
 不倫という,サスペンス作品では手垢のついたネタを扱っているせいか,少々,陳腐な感がありますね。それと,登場人物の心理プロセスが,いまひとつはっきりしないラストも釈然としませんでした。
「誘われる」
 近所で友人ができない一児の母親・杏子は,新聞広告で,ある母子と知り合い…
 長谷川杏子坂井みどりという,ともに一児の母親のモノローグが交互に描かれていきます。徐々に両者の間に生じる「ずれ」が緊迫感を盛り上げていますが,ラストは,ちょっと説明的な感じします。伏線がほしいですね。
「腐れる」
 隣室からの腐臭が気になって仕方がない亮子は,その腐臭にしだいに疑念を抱きはじめ…
 嗅覚(腐臭)と聴覚(子どもの声)と視覚(おとなしそうなお隣さん)…それらの絡み合いが生み出す疑念が,徐々に主人公の心の中で膨れ上がっていくところは,スリル感に満ちています。そしてなんといっても,余韻にあふれ,想像力を刺激するエンディングは本集中,ピカイチです。一番楽しめた作品です。
「見られる」
 結婚を目前に控えた未奈子のもとに,夜毎,不気味な電話がかかってきて…
 「犯人は,やっぱりコイツじゃないかなぁ」と思わせておいてツイスト。そのツイストを導き出す着眼点もいいのですが,それとともに,その着地点に,わずかに含まれる「不鮮明さ」が,言いしれぬ不安感を与えています。

00/09/08読了

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