竹本健治『狂い壁 狂い窓』角川文庫 1993年

 もと産婦人科医院であったアパート・樹影荘。そこに住む7人の男女は,いずれも心のどこかに屈折した部分をもっていたり,なにやら意味ありげな振る舞いをする住人たち。樹影荘で立て続けに起こる奇怪な事件。天井から血がしたたり,玄関にはマネキンの首が投げ込まれる。便所には「死」と大きくいたずら書きがされ,植え木が根こそぎ抜き取られる・・・。そして廊下に一面,血が流される。住人たちは疑心暗鬼にかられ,少しずつ狂気の淵へと誘われる。ついに住人のひとりが首吊り自殺をとげ・・・。

 粘液質な文章,多用されるこ難しい漢字の群,どこまで現実でどこまでが幻想あるいは狂気なのか,判断がつきにくい描写・・・,ううう,読んでいて異様なまでに息苦しいです。とにかく起こる事件がほとんど超常現象か怪談話のような奇怪さ,そのうえそれに立ち会う登場人物の精神が,どこか歪んでいて,その視点に沿って事件が描写されるため,異様さがよけいクローズアップされます。まるで赤道直下の暑苦しい密林を歩かされているような,そんな気分で読みました。ただし,他の竹本作品を読んでいる方だったら,途中で,急速に視界が晴れてきます。密林の出口は見えないものの,出口が存在する,という予感で,かなり気分的に救われるのではないかと思います(ネタばれになってしまうので,意味不明な文章,ご容赦)。

 結末において,「この世」では,とりあえず,真犯人が特定され,奇怪な事件のトリックも解明されます。しかし,本当の「真犯人」(変な言葉だ)は,「樹影荘」そのものなのかもしれません。あるいは「樹影荘」という「場」に,長年にわたって蓄積された欲望,狂気,愛憎といったものが,「この世」の人間を踊らせ,迷わせ,犯罪へと導いていったのかもしれません。迷路にも似たような構造をもつ「樹影荘」そのものが,人の心をも同じような迷路へと誘い込み,真犯人自身,理解不能な狂気へといざなったのかもしれません(これは,かなり好意的な解釈です。実際は,結末を読んで「え,なんで?」という肩すかしを食った気分になりました)。

 内容的にも,技法的にも,夢野久作の作品を連想させるような作品です。

97/03/11読了

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