服部まゆみ『黒猫遁走曲』角川文庫 1993年

 38年間勤めた出版社を退職した森本翠。翻訳家として再スタートしようとした矢先,飼っていた愛猫“メロウ”が行方不明に。一方,近所の木造アパートでは,駆け出しの役者・鳴海昭平が妻を殺害。呆然とする男のもとに現れた1匹の黒猫。必死にメロウを探す翠と妻の死体を始末しようとする昭平,ふたりをつなぐ1匹の黒猫。そんなふたりが出会うとき・・・。

 軽快な感じのするタイトルから予想していた内容とは,ぜんぜん違う,なんとも胸苦しくなるようなストーリーでした。必死に猫を探す翠の姿は,滑稽さを通り越して,なにやら鬼気迫る狂気じみたものがあります。なんだか深い深い井戸をひたすら掘っていくような閉息感で,息が詰まるような気分です。かたや妻殺しの昭平,役者志望だけあって,自らをシェークスピア戯曲の登場人物になぞらえながら,ナルシスティックに狂気への淵へと,どんどこどんどこ追いつめられていく。こちらは,つるつるのガラス張りの坂を,うつ伏せに滑り落ちていくような・・・,必死にこらえようとする指の爪がいやな音を立てながら,という感じ。うう,たまらんなあ・・・。

 これだけ登場人物を追いつめるんだから,さぞかしクライマックスはカタルシスがあるのだろうなあ,と期待していたのですが,残念ながら肩すかしを喰らったような感じです。そりゃあ,たしかに伏線もひいてある皮肉っぽい結末ではありますよ。「この人」がストーリーに関係してきそうだという予想はありましたけれど,もうちょっとメインストーリーにきっちりと絡んだ形で登場してほしかった。あるいは,これだけ翠と昭平をねちねちと描写してきたんだったら,最後はこのふたりで決着をつけてほしかったですね。最初から「この人」抜きで。有馬隆一の扱いもなんだか中途半端だし。60歳の老婆と若い男とでは,おもしろい決着のつけようがなかったのですか? 結局メインストーリーとあんまり関係ないところが結末になってしまっていて,少々(?)欲求不満です。

 関係ない話ですが,夜の9時になるとノラ猫がやってきて,「にゃあご」と鳴きます。何度か残り物を餌にやったのが,どうも癖になったようで・・・。放っておくと,いつまでも「にゃあご,にゃあご」と鳴き続け,もうほとんど脅迫です(笑)。

97/05/08読了

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