小沼丹『黒いハンカチ』創元推理文庫 2003年

 A女学院の英語教師ニシ・アズマ。小柄で愛嬌のある彼女の趣味は,学院の屋根裏部屋で午睡をすること。しかしそんな彼女が,眼鏡をかけるとき,たちまち名探偵に変身する…といった設定の連作短編集。計12編を収録しています。
 今風にいえばユーモア・ライト・ミステリといった感触のシリーズもの。それでいながら,本格ミステリ的な骨格を備えた作品も多く含まれ,「眼鏡っ娘キャラ」の「はしり」みたいなところもありますが(笑),シリーズ・キャラに頼った作品とはひと味違います。
 ところでこの作家さん,事前情報で,もともとは純文学作家で,ミステリは「余技」と思っていたのですが,新保博久の解説によれば,本業は大学の先生で,作家そのものが余技だったようですね。なんだか「古き良き時代」といった感じです。
 気に入ったエピソードについてコメントします。

「眼鏡」
 ベランダから見かけた女性の墜死。そこに隠された秘密とは…
 このシリーズの特色として,事件が勃発した直後に,ニシ・アズマの「解決」がポンと提示され,その上で,その謎解きが開陳される,というスタイルがあります。そのときに,謎解きのきっかけとなった伏線が,前半の描写−日常的な光景の描写−の中にどのように巧みに盛り込まれているか,が,作品の質を決定することになります。本編は,そのスタイル(「名探偵スタイル」とでもいいましょうか)がもっとも効果的に現れている作品だと思います。
「蛇」
 岬へ向かうボートが転覆した理由は…
 メイン・トリックは,さほど新味はありませんが,むしろ,そこに至るまでのプロセス−幇間のように友人を持ち上げていながら,そこに悪意が秘められ,その悪意から犯罪へとエスカレートしていくという心理プロセスが,おもしろいですね。
「靴」
 ニシ・アズマが見に行った展覧会で起きた騒ぎは…
 この作品も,事件そのものはシンプルなのですが,ニシ・アズマの目の付けどころが一風変わっているのが面白味でしょう。いわば「観察者」としての彼女のキャラクタが,よく出ています。
「スクウェア・ダンス」
 友人たちを集めた婚約披露パーティで起きた事件とは…
 「解説」によれば,この作家さんは,北村薫が「再発見」したそうですが,たしかに作風がよく似ています(あるいは戸坂康二などにも通じるでしょう)。つまり,ストーリィが展開していく中で「いつのまにか」事件が起き,「いつのまにか」解決している,そして読み返すと,文章の中に「事件」も「解決」も,その「種」が含まれている,そんな作風です。
「手袋」
 クリスマス・イヴの夜,ニシ・アズマの入ったパブで,変死事件が…
 クリスマス・イヴのパブ,飛び込んできたサンタ・クロース,喧噪の中で起こる変死事件…ユーモラスな描写の中からニシ・アズマが伏線を回収して事件を明らかにする…このエピソードも,本シリーズの特徴がよく出ています。余韻あふれるエンディングもグッドです。
「時計」
 ニシ・アズマが遊びに行った友人のアパート。隣室で殺人が起こり…
 途中のニシ・アズマのセリフで「あれ?」と思ったところがあったのですが,それが巧みに謎解きへとつながっているところは,アンフェアぎりぎりという気がしないでもありませんが,感心しました。
「犬」
 謝恩会の帰り,道に落ちていた人間の手首。それを犬がくわえ去り…
 いわゆる「顔のない死体」というオーソドクスな謎を扱いながらも,そこにひねりを加えた佳品です。ニシ・アズマが,友人のほんの一言をきっかけとして真相へとたどり着くという展開も心憎いですね。まさかあのわずかなセリフが伏線になっていたとは…本集中,一番楽しめました。

03/09/05読了

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