貴志祐介『クリムゾンの迷宮』角川ホラー文庫 1999年

 ある朝目覚めると,失業中の元サラリーマン・藤木芳彦は,赤い荒れ地の真ん中にいる自分を見いだす。いつのまに? なぜ? そして傍らには残されたメッセージ「火星の迷宮へようこそ」が,彼を苛酷なゼロサム・ゲームへと導く。理由も目的もわからぬままに・・・おぞましい殺し合いの果てに彼が見いだしたものは?

 ウェッブ上では評判のいい作品ではありますが・・・
 たしかに,スピード感あふれる展開,要所要所に周到に配された山場,緊張感たっぷりの描写・・・そういったところは楽しめました。やはり「お話づくり」の巧い作家さんだと思います。
 ただ・・・わたしがRPGなどのゲームも,作中に出てくるゲーム・ブックの類もまったくやらないせいでしょうかねぇ・・・いまいちピンとこなかったのも正直なところです。「与えられたマニュアルとアイテムで,目の前に出現する敵を倒し,困難を克服し,設定されたゴールへたどり着く」というパターンに馴染めないせいでしょうか,主人公たちが,じつにあっさりと,そんな“ゲーム世界”に入っていってしまっていくような気がしてならず,そこらへんが,どうも追いつけないというか,違和感を感じてしまいます。ですから,作品と自分との間に「ずれ」みたい感覚が最後の最後までつきまとってしまいた(要するに感情移入できなかったんですね)。
 最近のファンタジィには,ゲームなどのヴァーチャル世界に何らかの理由で巻き込まれた主人公(たち)が,冒険を繰り広げるといったパターンが,比較的目につくように思うのですが,この作品も,「ファンタジィ」という言葉の持つ語感とはずいぶんかけ離れてはいるものの,そういった作品と設定が相通ずるものがあるようで,新鮮味が感じられなかったのも,いまひとつだった要因のひとつかもしれません。

 もちろんこの作品は,そういった“ゲーム世界”がなぜ“現実”に起こってしまうのか,関係のない人間同士がなぜ殺し合のか,あるいはまたなぜ「食屍鬼」と化した人間に襲われるのか,という“謎”が存在し,その背後の存在する“悪意”が明らかにされることで,物語は終幕を迎えます。
 “ゲーム世界”に違和感があったとしても,それを形作っている“悪意”の正体がきちんと描かれれば,それはそれで納得できる部分もあるのですが,その最後に明かされる“真相”も,「これだけ手間暇かけてやったわりには」といった感があります。もう少し実体的な描き方をしてもらった方が,より説得力を増すのかもしれませんが,それを書いていたら,それはそれで別の物語になってしまうでしょうし・・・難しいところかもしれません。

98/05/04読了

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