都筑道夫『くらやみ砂絵』光文社文庫 1997年

 お江戸は神田橋本町,大道芸人が住まうおんぼろ長屋,雨が降ったら商売できず,長屋でごろごろ,ぬたぬた転がっている,ついたあだ名が「なめくじ長屋」。そこに住まいの砂絵のセンセー,摩訶不可思議な事件の裏,切れる頭でお見通し。ただし「正義の味方」は気取らずに,取れるものはしっかり取る,一筋縄じゃ行かない「悪党」。今日も今日とて,長屋の住人手足に使い,快刀乱麻に謎をたつ(うまい具合に七五調にはならんなあ,やっぱり文才が・・・)。

 都筑道夫の作品は,一時期かなりはまっていました。しかし,このなめくじ長屋シリーズは,故郷の小さな本屋には滅多に並ばず,1冊だけ(たしか『からくり砂絵』だったと思います)なんとか入手して読んだ記憶があります。最近気がつくと,光文社文庫で,たてつづけに出版されていて,なにやら隔世の感があります。ただ今思うに,彼の作品はおもしろいのですが,「結果的に不思議に,あるいは不可能になってしまった事件」が,ちょっと多いようです。「不可能犯罪(たとえば密室)がどのように行われたか,ではなく,なぜ行われたか?」に重きを置く作家のようですから,その「なぜ」を理屈づけるためのひとつの手法として,「意図せざる結果としての不可能犯罪」という解決が多用されることも仕方ないのかもしれませんが,少し気にかかります。だから「なんでそんなことまで推理できるの?,砂絵のセンセー」という,気持ちになってしまうことも,しばしばあります。

「不動坊火焔」
 怪しげな祈祷師に親子で呪いの掛け合いをする奇妙な話。ところがその親の方が殺されてしまい・・・。こういった芸人さん,いまもいますね。
「天狗起し」
 大店の旦那の葬式で,仏さんが人を殺して,逃げ出した? 「解説」で北村薫がべた褒めしてましたが,たしかにこの作品集の中では,「魅力的な謎とその論理的解決」という点で,一番おもしろかったですね。
「やれ突けそれ突け」
 両国の見せ物小屋,女の太股に浮かび上がった「きちさんしね」の文字。翌日,綱渡りの曲芸師・蝶吉が墜死してしまう。予告殺人? この作者らしい,小技の効いた作品です。
「南蛮大魔術」
 いま売り出し中の美人手品師のトリックを暴く趣向の宴会に招かれたセンセーは・・・。少し毛色の変わった作品ですが,最後の落ちは「らしい」です。センセーがホームズ張りの推理を披露します。
「雪もよい明神下」
 深夜,物見櫓の半鐘が鳴り,墜落した男の背には,ヒ首が突き刺さっていた。一種の密室ものです。結末で,「ひやり」とします。
「春狂言役者づくし」
 花形役者をモデルにした押絵羽子板が切り刻まれ,その役者が殺される連続殺人。なにやら時代を先取りしたような・・・
「地口行燈」
 大店に押し入った強盗は,その前の晩,すでに死んでいた? ダイイングメッセージが「なるほど」といった感じで,気が利いています。

97/03/21読了

go back to "Novel's Room"