加門七海『くぐつ小町 平安朝妖異譚』河出文庫 1999年

 京の巽“六道の辻”――その陋屋の闇の中,水死体とともに僧形の男と妖かしの女が語り合う。はるけき古の男と女の物語。“冥府の官”“野狂”と呼ばれた男・小野篁の悲恋と妄執の物語と,絶世の美女と喧伝された女流歌人・小野小町がたどった数奇な運命の物語を・・・

 小野篁・小野小町・在原業平・・・いずれも歴史上の実在の人物でありながら,それとともにさまざまな伝説をその身にまとった不可思議なキャラクタたちです。
 たとえば小野篁は,平安前期に生きた人物であるとともに,本作品中でも触れられているように,昼は官人として宮廷に出仕し,夜は井戸を伝って冥府にいたり,閻魔大王に仕えたという怪異な伝説の持ち主です。そして小野小町。絶世の美女として誉れの高い歌人ですが(もっとも「平安美人」ですから,現代ではあまりもてはやされそうにないでしょうが^^;;),羨望と嫉妬の入り交じった伝説を数多く残しています(参考文献:星野之宣『宗像教授伝奇考』第6巻(笑))。さらに在原業平といえば,稀代のプレイ・ボーイと浮き名を流す一方,駆け落ちした女性が密室の中で鬼に喰われてしまうという,これまた横溝正史ばりの(笑)奇怪な話が伝わっています(『今昔物語』だったでしょうか?)。
  作者は,そんな彼らの歴史と伝説とを,あるときは牽強付会し,あるときは換骨奪胎し,さらにこの作者お得意の,邪術・妖術をそこに盛り込みながら,一編の伝奇小説を紡ぎだしています。そしてなにより,舞台となる平安京が抱え込む,あるいは平安京を囲繞する多種多彩な「闇」を背景に置き,登場人物たちの「心の闇」と響き合わせています。
 そう,小野篁の心の中の闇――想いを寄せた女性の替わりに土塊から小野小町を作り出した小野篁の闇と,その闇から生じた小町の悲劇こそが,この作品の核心なのでしょう。「人造生命」「死者再生」は,古今東西あまねく見られる人間の願望・欲望なのかもしれません。またそれが不可能であるからこそ,伝説として,フィクションとして再三再四語り継がれるのかもしれません。
 しかしそれはあくまで「作る側の論理」であり,そこには「作られる(再生される)側の論理」はありません。作る側の想いがいかに深いものであろうと,ある意味「勝手に」作られてしまった側には,「作る側」にはわからない哀しみと孤独がともなうものなのでしょう。この作品でも,篁の死後,鎮まらない魂として世を彷徨う小町の姿は,篁の「闇」が生み出した悲劇なのでしょう。
 文庫の「帯」によれば,「妖(あやかし)の恋物語」となっていますが,はたしてこれは「恋物語」なのでしょうか? もし小野篁が小町のことを,みずからが作り出した小町のことを愛しているならば,「永劫の生」ではなく,自分の死とともに朽ち果てさせることこそ,本当の意味での愛ではないでしょうか? 「愛」「恋」というには,あまりに身勝手な小野篁が生み出した悲劇のような気がします。

00/02/07読了

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