島村洋子『壊れゆくひと』角川文庫 1998年

 彼女は周りからいい人といわれる人だった。そう,たしかに親切なやさしい人。“私”が彼女の“花園”に足を踏み入れさえしなければ・・・。“私”の周囲にいる“普通”の人々,彼らは誰でも心の中に“花園”を持っている。その“花園”を守るために,彼らはなんでもする。たとえ心の軸がずれてしまっても・・・。

 主人公は28歳,作家志望の女性という設定で,彼女の一人称で物語は進みます。が,語り口がどうも“子供っぽい”というか,“舌っ足らず”というか,とても設定通りには思えない(笑)。しかしだからといって,不快であるとか,読みにくいというわけではなく,むしろ軽快なリズム感があります。文庫本170ページというヴォリュームともあわせて,サックリサクサクと読んでいけます。
 サイコ・ホラーやサイコ・サスペンスというと,ねっとりこってり系が多い中,めずらしいタイプの文体でしょう。

 主人公のまわりには,さまざまな“心の軸がずれた人”が出てきます。
「周りでは“いい人”と評判なのに,“私”だけには冷たく陰湿ないたずらを仕掛ける同僚」
「アイドルの少年と恋人同士なのだと言い張る子持ちの主婦」
「顔も思い出せないのに,自分が恋人だと手紙を寄越す男」
「“いい人と呼ばれるためには人さえ殺す”と評された姉の姑」・・・・・・・
 主人公は,そんな,一見普通に見える奇妙な人物たちに怯えながら,しだいにおかしいのは周りなのか,自分なのか,と混乱していき,そして・・・・,とラストを迎えるわけですが,これがなかなか鮮やかなツイストを見せてくれます。思わず「をを!」と膝を打ち,なおかつじんわりとした怖さを感じました。先に書いたような軽めの文体と落差が効果的です。

 それとこの作品では,“心の軸のずれた人”を描写するのに,“花園”という比喩を使っているのも,巧いと思います(本書の原題は『ひみつの花園』だそうです。こちらのタイトルの方が良いように思うのですが,松○聖○の事務所から文句でもきたのでしょうか(笑))。

「彼らは最後の手段として自分の領域に種を蒔き,花を咲かせる。そしてつらいことがあるとその秘密の花園に帰って深呼吸する。花園を守ることだけが生きる証になっていくのだ」
「この世の人は(私も含めて)みんな,花園を持っているのだ」

 けっして特別でも,特異でも,ましてや異常でもない“普通”の人々が誰でも持っている“花園”。その“花園”を守るためには,なんでもしようとする“普通の心”。そんな“普通”を肥やしとして花開く“狂気”というモチーフが,なにげない日常性を帯びているだけに,よけい染み込んでいるくるような,「ぞわり」とする恐怖を感じさせます。

98/01/29読了

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