矢作俊彦『凝った死顔 マンハッタン・オプ1』光文社文庫 1985年

 ニューヨークの私立探偵「私」が関わる事件を描いた,10編よりなるハードボイルド短編集です。1編10ページ前後の掌編のようなものもありますし,そのほかも20〜30ページ前後で,いずれも短編としても短いものが多いです。ストーリーを楽しむというより,「私」が立ち会うさまざまな場面場面の描写や,気のきいたセリフを楽しむ作品だと思います。ストーリー描写を思い切って削っているので,少しもの足りないような作品もありますが,逆にそれが成功して,小気味いい効果をだしているものもあります。もともとはラジオ番組のために書かれた台本で,それをもとにして,小説化したものだそうです。たしかに凝った表現の描写やセリフが目立つのは,そのせいなのかもしれません。

 矢作俊彦は好きで,けっこう読んでますが,このシリーズは,その存在は知っていても,なかなか手に入りませんでした。古本屋でようやく1巻と2巻を見つけたので,さっそく買って読みました。3巻目もあるようですね。谷口ジローがカバーと挿し絵を描いており,作品の雰囲気をよく出してます。気に入ったいくつかの作品についてコメントします。

 
「WRAP YOUR TROUBLES IN DREAMS」
 柄にもなくボディーガードを引き受けた「私」が,依頼人とともに空港から家まで帰る途中,狙撃され,依頼人は殺されてしまう…
 10ページほどの小品です。「娘を支えて来たのは金でもなく,医学でもなかったのだ。」という一節は,皮肉ではありますが,皮肉というにはあまりにもの悲しい結末でした。またタイトルを読後あらためて読み返すと,意味深です。
「FOR ONCE IN MY LIFE」
 若い頃知り合った女性を捜してくれと,元プロレスラーから依頼された「私」は…
 ハードボイルド小説ではありがちな話ではありますが,やはりもの悲しい結末です。私(yoshir)は,もの悲しい話が好きなのかもしれません。
「GHOST OF A CHANCE」
 富豪から40万ドルのコニャックの護衛を頼まれた「私」は,フランスへ飛ぶ…
 「強面で知られた私立探偵」は,酒でべろべろにならないと飛行機に乗れないようです(笑)。この作者は,ときどきこういった一種独特のユーモアをもった作品を書きますね。好き嫌いが分かれそうですが。
「ALL ALONE」
 亡命ロシア人が,先祖の墓の土を入れたクルスが強奪されて…
 これは作品が気に入ったというより,「神様はずっと旅行中なのかもしれんなあ」というセリフが気に入りました。似たようなセリフが,この作者の他の作品にもあったように思います。

97/04/23読了

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