神林長平『言葉使い師』ハヤカワ文庫 1983年

 「人間というのは,粘土があればそれをこね,石があれば積み,木があれば組み上げる,そういう本能的な,なにかを造りたいという欲求があるんだ」(本書「スフィンクス・マシン」より)

 『戦闘妖精・雪風』のヒットをきっかけとして,早川書店は,この作家さんをかなりプッシュしているようですね(笑) 書店に文庫がずらりと並んでいました。
 この作者の作品は,これまでに数名の方からご推薦いただいて,じつは何作かチャレンジしたことがあるのです。ですが,文章のリズムが,どうも馴染めなくて挫折。それらはいずれも長編だったので,短編集なら,ということで,何度目かの挑戦です^^;;

「スフィンクス・マシン」
 スランプに陥った画家の“わたし”は,火星でスフィンクス・マシンと会話するが…
 主人公とスフィンクス・マシンとの,思弁的でいて,その一方で世俗的な会話,その果てに,その会話が現実化してしまうという奇妙な展開のストーリィ。主人公が“わたし”に設定されているため,その「現実」が,本当に現実なのか,それとも妄想なのか,そのあたりの曖昧さが,その奇妙さをさらに膨らませています。
「愛娘」
 宇宙空間で妊娠した妻は,身体に変調をきたし…
 人類が,本来的に宇宙空間に進出するよう運命づけられているとしたら,このような変質もまたありうるのかも? というSF的奇想をベースにしながらも,それをバーでの男の「語り」として描くことによって,この作品も,前作同様,一種の「奇妙な味」的なテイストを醸し出しています。
「美食」
 卓抜した味覚を持つ陽一の3人目の妻・恭子は,子供を産めない身体だった…
 どうも恭子の心の動きが,いまひとつ把握しきれなくて,ショッキングなラストが,唐突な感じがしてしまいました。またそのショッキングさも,淡々とした描写で,ちとインパクトに欠けるのでは?
「イルカの森」
 霧を突き抜けて,砂漠に不時着した飛行機。パイロットのボイドがそこで見たものは…
 たとえ不完全とはいえ,人類の記憶容量は,地球上の生物でもっとも大きいものでしょう。さらに文字の発明は,その記憶の延長を(これまた不完全ながら)可能にしました。もし,人類がその記憶能力を失ったらどうなるか?という,一種の思考実験的な作品とも言えます。それとともに,主人公に楽しい記憶−愛する妻子−と,辛い記憶−友人を射殺してしまった−とを持たせることで,個人にとって記憶とは何か?という問いをも重ねているように思います。「記憶のない楽園」を飛び出し,「愛の記憶」保とうとする主人公の選択が,彼を「幸福」にするのかどうかは,わかりませんが,大事なのは,その「選択」そのものなのでしょう。
「言葉遣い師」
 「言葉」を禁じられた社会で,人々はテレパシーのみで会話を許されたが…
 SFの定番「超能力者狩り」を反転させたようなシチュエーションを設定することで,「言葉」の持つ魔力を浮かび上がらせようとしているのだと思います。が,もっぱらそれが主人公と言葉使い師との会話によってのみ描き出されているのは,ストーリィ展開としてやや平板な印象が拭えません。しかし,ラストの思わぬツイストは楽しめました。
「甘やかな月の錆」
 ママが変だ…4年生の“ぼく”は,繰り返される日常に,どうしようなく違和感を感じ…
 日常的な光景から始まり,徐々に「ずれ」が織り込まれ,カタストロフのエンディングへ,というパターンの作品はけっこう好きなので,そこらへんは楽しめたのですが,「真相」が明らかにされたのちの展開が,やや冗長な感じを受けてしまうのは,ミステリ者の悪い癖なのでしょうか?^^;; でもビターなラストは好みです。

03/05/03読了

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