日下圭介『ころす・の・よ』新潮文庫 1988年

 小粒ながら,それぞれ味わいのあるミステリ短編7編をおさめています。

「暗い光」
 引き取っている浪人生の甥っ子に殺人容疑がかかり…
 主人公の,甥っ子に対する,どこかためらいを含んだ愛情と,彼の不可解な行動に対する疑心が,巧みな筆致で描かれており,ラストのツイストが生きています。ほのぼのとしたエンディングがじつに味わいがあります。
「バイバイ・アリバイ」
 勢いあまって友人を殺してしまった少年は,アリバイを作ろうと奔走し…
 「泥棒を捕らえてから縄を編む」という俗諺そのままのような主人公の右往左往ぶりが楽しめます^^;; これまたラストのツイストで締められるとアイロニカルなオチがいいですね。
「うぶな娘」
 うぶな娘がパーティ用に金持ちの夫人から借りたダイヤモンドのアクセサリ。それに目を付けた彼女の友人は…
 他人を陥れようとして仕掛けた罠にみずから落ち,自滅していく男女を描いた,これまたアイロニカルな作品。とくにいろいろと気を回して取りつくろった小道具・小細工が,自分の首を絞めるところは,苦笑させられます。また主人公の「うぶな娘」の設定も,単なる「うぶ」に終わらず,どこか狂的な雰囲気を漂わせているところが不気味な味付けになっています。
「初恋」
 病気で先の短い父親の初恋の女性を捜してほしい,と私立探偵の“私”は依頼され…
 35年前の初恋の人捜し,という心温まる依頼が,しだいに終戦直後の売春,殺人事件と,陰惨な過去を見せ始めるというハードボイルド・タッチの作品。女の真意がどこらへんにあったのか,よくわからないラストはちょっと首を傾げてしまいました。
「ころす・の・よ」
 理沙は,裏切った男を毒薬で殺そうとして…
 不要とも思われていたキャラクタが,ラストで「こういう役回りだったのか」と感心させられました。また主人公の心理を綴ったような叙情的なシーンが巧妙な伏線になっているところも巧いですね。一種の叙述ミステリ?
「阿美の女」
 出張で台湾に行った男は,むかし愛し合った女そっくりの女に出会い…
 台北の女と新潟の女との関係はいかなるものなのか? 女は男に殺意を持っていたのか? いっさいが曖昧なままでありながら,それゆえに,男の犯した罪とそのための戦きがより鮮やかに浮かび上がってきます。ただもうちょっとスリムでもよかったような・・・
「盲点の人」
 友人から「人を殺したので自殺する」という電話があったという,女の声で警察に連絡が入った直後,男の死体が発見され…
 オーソドックスなストーリィを淡々と描きながらも,抑制のきいたユーモア感が漂う,不思議な手触りの作品です。個性的な女性キャラクタを巧く配しているため,最後に明かされる真相が,哀しいものながら,どこか爽快感があるものになっています。トリックは,けして斬新なものではありませんが,目の付け所がうまく,「なるほど,言われてみれば」的な軽い驚きがありました。伏線もしっかり引かれていますしね。

98/03/25読了

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