新津きよみ『婚約者』角川ホラー文庫 1997年

 いとこの高木賢一と再会したのは,影山雪子が11歳のときだった。初潮を迎え,「女の子」から「女性」へとゆるやかに,しかし大きく変わろうとしていた彼女にとって,賢一はたったひとりのいとこであるとともに,かけがえのない愛の対象であった。だが,賢一のかたわらにもうひとりの女性が現れたことから・・・。

 テレビのゲーム番組で,小さな箱を高く積み上げていくようなゲームをしばしば見かけます。なかにはその箱の上に人が乗っている場合もあります。ひとつかふたつ積み上げる段階では,安定しているように見えます。しかし,箱ひとつひとつの間に微妙にズレがあります。高く積めば積むほど,そのズレは累積し大きくなり,箱は不安定になっていきます。そしてそのズレの累積が臨界に達したとき,箱の塔は崩壊します。ある“事件”のさいに,賢一が発した言葉にみずからの願望をまじえ,雪子は少しずつ賢一への思いを深めるとともに,自分に対する彼の“愛”を確信していきます。最初の箱に生じた小さな“ズレ”は,しだいに自己増殖的に,雪玉のように大きくなっていきます。そして現実との間に決定的な“ズレ”が生じるとき,少女は「こちら側」から「あちら側」へと,するりと飛び移ってしまうのでしょう。

 人はまた,卑しい心を持つと,他人もまた同じような卑しい心を持っているのではないかと,疑心暗鬼にかられます。雪子は,賢一のかたわらに現れたもうひとりの女性・塚本由貴の中に,自分自身と同じような「心」を見つけだします。「彼女は演技している」「賢一さんの心を引こうと繕っているんだ」「卑劣な心の持ち主なんだ」 現実との“ズレ”が決定的になったとき,そのズレを埋めるかのように,雪子は,由貴を卑しい存在へと貶めます。卑しい存在なのだと思い込もうとします。それが,自分自身の姿の“写し鏡”であることを自覚することもなく・・・。

 そんな,雪子の心が(思春期というエネルギィ溢れた時期であるがゆえに,よけいに加速しつつ)急斜面を滑り落ちていく「第1部 従兄ーいとこー」は,胸が苦しくなるような緊張感があります。この作者の作品によく見られる「説明的会話」の膨大さは相変わらずで,その点,ちょっと白けるところもありますが,けっこう楽しめました。その後,インターバル的でいて,物語の重要な伏線となる「第2部 婚約者」,「第1部」で,急斜面の奥底で雪子が負ってしまった“負債”が,恐るべき結末へと導く「第3部 夫」へと物語は展開していきますが,どうもここらへんから,見慣れた「サイコ・サスペンス」あるいは「怪談話」になってしまうような感じです(「サイコ」か「怪談」かは,なかなか微妙なところでしょうが,「あれ」の最後を思うと,やっぱり怪談なのかなぁ)。たしかにグロテスクではあるんですけどねぇ,××のシーンとか。でもって,ラストも「ああ,こういう展開ならこういうオチだろうな」という,お約束通りの結末。う〜む,第1部での緊張感はどこにいってしまったんだろう・・・,やっぱり長すぎたのかなぁ。

97/12/15読了

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