景山民夫『虎口からの脱出』新潮文庫 1990年

「俺はこの仕事を成功させるとデューセンバーグが貰える。あんたはなにが貰えるんだ」
「何も」と西が答えた。
「しいて言えば自分が貰える。三年前にどっかに落としちまった自分がな」
(本書より)

 1928年,風雲急を告げる中国。国民党に追われ,奉天に向かう張作霖が,日本の関東軍の策略により爆殺された! それを目撃した少女・李麗華を,日本へ脱出させるために,日本陸軍少尉・西真一郎とアメリカ人マイケル・オマイリーは,デューセンバーグ・モデルX・スピードスターを駆って,上海を目指す。彼らを狙う日中の軍隊と特務機関。期限はわずか4日間。彼らは無事に虎口を脱出できるのか?

 この作者の訃報に接した翌日,たまたま入った古本屋で見つけました。既読作品でしたが,これもなにかの縁だろうということで購入,しばらく書棚に置きっぱなしにしておいたのですが,ふと思い立って読みました。

 物語の前半では,関東軍,張作霖,主人公らの行動や思惑を交互に追いながら,1928年当時の中国と日本の情勢を描き出していきます。そして張作霖爆殺,いわゆる“満州事変”の勃発へと,複数のストーリィが集約,中盤でひとつのクライマックスを迎えます。ここらへんは,いわば“舞台づくり”といった感じで,国際謀略もの的な雰囲気が徐々に盛り上がってきます。展開そのものは比較的スローペースで,ちと退屈してしまうところがないわけではありませんが・・・。
 が,後半になると物語は一気に加速。一路上海へ向かう3人組に,関東軍,奉天軍,国民党が襲いかかります。奉天市内からの思いっきり派手な脱出行,3人を襲撃する2000人の奉天軍敗残兵たち,万里の長城の上を突っ走るデューセンバーグ,メルセデスベンツSSSとの熾烈なカーチェイス,迫撃砲の爆撃をぬっての爆走などなど,もう破天荒というか,荒唐無稽というか・・・。とにかく主人公たちは,何度も絶体絶命の危機に陥りながらも,機転やら偶然やらで,それらを突破していきます。このあたり,小気味よいアップテンポのストーリィ展開で,ぐいぐいと読み進めていけます。また西とオマイリーとの会話も,洋画に出てくるような感じで,しゃれています。そうですね,まさにアクション映画のノリです。ご都合主義的な部分も目につきますが(笑)。ただラストは後味がよくて楽しめました。

 ところで「あとがき」に作者が書いているのですが,この作品を書いたとき,作者は中国を訪れたことがなかったそうです。だからでしょうかね,中国の風景の描写にちょっともの足りないところがありました。

98/09/22読了

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