泡坂妻夫『恋路吟行』集英社文庫 1997年
奇妙な話,怖い話,謎解き主体の話,人情話,コント風の話などなど,多彩な物語10編よりなる短編集です。
「黒の通信」
作家で奇術サークルを主催する「私」の前に,「私」の作品に出てくる奇術師の名前“ジャジャマネク”を譲ってほしいという若者が現れ…
作中で言及されているように,ミステリとして,結末が“現実”(あるいは“共有されたルール”)に着地することなく,逆に着地しないことで醸し出されるミステリアスな雰囲気がいいです。ネタはちょっと古くさいけれど。
「仮面の恋い」
前作と同じ主人公「私」は,友人たちとともにヨーロッパへ出かけ,そこで奇妙な仮面の話を聞くことに…
奇術師の仮面劇を「枕」にして,するすると本題に入っていき,最後に「話題」と「話し手」が微妙に交錯するオチ。なんだか上手な噺家の落語でも聴くような感じの作品です。
「あやしい乗客簿」
5年ぶりに,フランスから帰国する家族。どうも乗り合わせた乗客には不穏な雰囲気が…
こちらは打って変わって,コント風というか,スラップスティックというか。軽快に話が進んでいって,オチで思わず噴き出してしまいました。この作品,まずオチが先にあったんじゃないでしょうか? 「5年ぶり」というところがミソです。
「火遊び」
兄嫁と不倫関係を結んでしまった男。ある日,兄夫婦が事故を起こし…
なんだかタイトルから話を作り上げたような,そんな気がする作品です。どうも話に中心がないようで,ちょっともの足りません。
「恋路吟行」
俳句の会で能登を訪れためぐみ。そこに「妻とうまくいっていない」という景一が近寄ってきて…
わたしが苦手とする「男女の機微もの」(とかいうのでしょうか)かな,と思っていたら,最後で突然ミステリ風のオチ。途中にはさまれる俳句が,各章のタイトルがわりになっているようです。
「藤棚」
酒を飲んで朝方帰宅すると,妻しかいないはずの家から,一本の足跡が雪の上に残っていて…
すこし前振りが長いのが気になりますが,足跡から妻の浮気相手を推理していく過程は,本格ミステリです。この作品集では一番楽しめました。ネタばれになるので書けませんが,わたしも似たようなことを子供の頃に聞いたような…
「勿忘草」
由緒ある旅館が改装されることになり,女将は引退しようと心に決める…
この作品もなんだか中途半端のような感じがします。少年と女将との関係がいま一歩はっきりしません。トリックもとってつけたようで。
「るいの恋人」
時は幕末から明治。少女・るいは,栄吉という奇妙な少年から求婚されたことから,彼女の人生は狂い…
短編ながら,伝奇小説を読むような奇妙な雰囲気を持った作品です。結末がなんとも不気味な作品です。本当に前世はあったのか? それとも栄吉の影響を受けたるいの妄想なのか?
「雪帽子」
展覧会に飾られた鏡子の胡蝶蘭の絵。なぜか,2本の胡蝶蘭の同じところの花弁だけ散っていて…
散った花弁はなにを意味するのか,を淡々と描いていきます。なぜ鏡子は,“その”胡蝶蘭を描いたのでしょうか? わたしにはむしろ彼女の気持ちが,不思議に思えます。愛? 思い出? それとも・・・
「子持菱」
着物の縫紋を家業とする“富士屋さん”には,ふたりの母親がいたのだが…
一種の人情話でしょうか。電話帳の話はおもしろかったですが,本編はちょっと肌に馴染みませんでした。
97/05/27読了
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