阿刀田高『コーヒー党奇談』講談社文庫 2004年

 短編12編を収録しています。初出が,旅行雑誌『旅』連載ということからか,各編が日本各地を舞台にしています。
 気に入った作品についてコメントします。

「コーヒー党奇談」(舞台:アムステルダム・東京)
 外国で偶然入った喫茶店のマスタと,10年後,東京で会う約束をした男は…
 ラストで,オーソドクスな怪談めいたオチに収束させながら,マスタの正体や約束の意図など,いっさいが不明のため,宙ぶらりんな奇妙さが全編に漂っています。それは「旅先での約束」というもの自体の「淡さ」に通じるのかもしれません。
「橋のたもと」(舞台:新潟)
 万代橋のたもと…そこで男はいつも誰かを待っていた…
 着地点そのものは,わりとありがちなところはありますが,ちょっと違和感を残すイントロダクションとリンクさせる手腕は,さすが。また叙情的に描かれる主人公の「橋のたもと」をめぐる思い出が,ラストへとスムーズに繋がっていくのも巧いです。
「青い箱」(舞台:瀬戸内海)
 「浦島太郎伝説」が残る海浜の街を訪れた女は…
 この作品のもっともユニークなポイントは,「玉手箱」をめぐる解釈の斬新さでしょう。乙姫はなぜ「開けてはいけない」ものを,太郎に渡したのか?という「謎」も,こう考えれば納得できます。そこに主人公の父親への想いを重ね合わせて描いているところが,この作者のお話作りの上手さなのでしょう。
「父に会う」(舞台:和歌山)
 18年前に失踪した父親に,母親はときおり会っているらしい…
 素材は,読者の想像力を刺激することで「ぞっ」とさせるタイプのものなのですが,そういった感じがしないのは,やや痴呆の入った母親が,心底そう思いこんでいる哀れさと,その母親に対する主人公の愛情のゆえでしょうか。
「横書きの封筒」(舞台:沖縄)
 男が「横書きの封筒」が嫌いな理由は…
 わたしも横書き封筒は,ちょっと苦手なところがあるので,主人公の気持ち,よくわかります(笑) また,そこから展開される苦い思い出−けっして実害があったわけではないのだけれど,誤解やわだかまりによる苦い思い出も,普遍性のあるものとして,よく理解できます。
「守り神」(舞台:箱根)
 妻とケンカした翌日,気の弱い男は,会社を休んで箱根へ向かい…
 日々の労苦や倦怠を支える「心の糧」,本編で言うような「守り神」のようなものを,人は大なり小なり持っているのかもしれません。そして労苦や倦怠が大きくなればなるほど,その「守り神」の「力」も大きなものが求められるのでしょう。
「土に還る」(舞台:京都)
 学生時代,京都の寂光院で出会った老人の奇妙な信念が忘れられず…
 「樹の中に仏がいる」というアイディアは,夏目漱石「夢十夜」でしたでしょうか。そこから話をふくらませていき,「旅の終わり」にふさわしい美しい1編に仕上げています。本集中,一番のお気に入りです。

04/09/12読了

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