北森鴻『狐罠』講談社文庫 2000年

 骨董商“橘薫堂”から贋作をつかまされた旗師“冬狐堂”こと宇佐見陶子は,贋作師・潮見老人と協力して,周到な計画の元に復讐を開始する。ところが,橘薫堂の古参社員が刺殺死体で発見されたことから,彼女の計画は思わぬ展開を見せ始め・・・

 博物館や美術館で陶磁器を見るのはけっこう好きなのですが,基本的にそれらに対する所有欲がないものですから,古美術業界,骨董業界とはとんと縁がありません(正直に,金がない,と言え!)。そんな門外漢から見ると,この業界というのは,なんとも不思議な世界であります。
 一方で,「美」だの「芸術」だのといった,文字通り「美辞麗句」が飛び交っていながら,その一方で,本作品のメイン・モチーフである「贋作」「フェイク」,さらに「騙し」「目利き殺し」などなど,もう人間の卑しい欲望が跋扈する,まさに魑魅魍魎の世界でもあります。さらに本書でも再三再四触れられている,さまざまな「科学的測定」があって,「美」も欲望も,すべて無機質な数値に置き換えられてしまうといった「顔」も持っていたりします。
 そんなベクトルも性質も異なる種々雑多な要素が絡んでいるからこそ,この作品には,共感し納得できる部分と,なんとも想像もつかない「狂気」とも呼べるような「あっち側」の部分の両方があるのでしょう。そこらへんのブレンド加減は,バランスがとれているように思います。

 さて物語は,主人公宇佐見陶子が,骨董商橘薫堂から,贋作をつかまされたところから始まります。陶子は,その怨みをはらすべく,プロをも欺く贋作を作り,橘薫堂に「目利き殺し」を仕掛けます。このあたりの主人公の心情の動きが,ちょっと素人には想像外のところがあって,ややひっかかりを覚えます。また鄭富健なる,保険会社の調査員との絡みも,唐突というか,展開を急ぎすぎているようで,バタバタしたイントロダクションですね。
 しかし,それを越すと,「陶子はどのような“目利き殺し”を橘薫堂に仕掛けるのか?」という興味,贋作師潮見老人のユニークで凄みのあるキャラクタと贋作作りの迫力,橘薫堂側と国立博物館の癒着と腐敗などが,牽引力となってストーリィをぐいぐいと引っぱっていきます。なによりも「骨董品」「古美術」をめぐる素人にはわからない奇々怪々な価値観や倫理観が,独特の胸苦しくなるような雰囲気を醸し出しています。
 そんな陶子の「コン・ゲーム」を軸としながら,さらに殺人事件が絡んできます。橘薫堂の古参社員田倉俊子が刺殺死体で発見され,練馬署の刑事根岸四阿のコンビが事件を追います。この事件の捜査が,陶子の企むコン・ゲームに大きな影響を与え,物語にサスペンスを与えています。またこの根岸&四阿コンビが,ねちっこいというか,したたかというか,じつに楽しいキャラクタですね。百鬼夜行的な骨董業界の面々に対抗するためには,やはりそれなりの「骨太」のキャラクタが必要だったのでしょうね。このふたりを主人公とした作品も読んでみたいところです。

 しかしそれにしても,骨董品の「相場」って,相変わらずよくわからんなぁ・・・^^;;

00/08/16読了

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