マイク・レズニック『キリンヤガ』ハヤカワ文庫 1999年

 アフリカの小部族“キクユ族”のために建設されたユートビア・キリンヤガ。外部との接触を断ったそこでは,人々はキクユ族の伝統にのっとって生活を送っている。キリンヤガの建設者のひとりであり,“ムンドゥムグ(祈祷師)”であるコリバにとって,その生活を,社会を守ることが第一の使命であった・・・

 う〜む・・・いろいろと考えさせる作品ですねぇ。
 「黒いヨーロッパ人」になってしまったケニア人から離れて,「地球化(テラフォーム)世界」=人工小惑星に築かれたキクユ族のユートピア“キリンヤガ”。外からの干渉を排除し,キクユ族の伝統と知識の貯蔵庫として,“ムンドゥムグ(祈祷師)”コリバは,その社会・生活を維持するために苦闘します。しかし,しだいに人々の心はコリバを離れ,キリンヤガは変質し,コリバにとっての“ユートピア”は崩壊していきます。
 コリバの考えや気持ちもわかりますし,その一方で,コリバから離れていく人々の心も理解できます。ときに,圧倒的な力と効率によって押し潰されそうとする“伝統”や“文化”を守ろうとするコリバの姿には共感を覚えるものの,外部からの干渉をいっさい排除し,変化を否定し,自分にとっての“ユートピア”に固執する,頑迷な姿には,辟易してしまうこともあります(それは外部との接触を拒絶し,閉じられた世界の中で,みずからの正当性を維持しようとする狂信的な宗教団体を連想させさえします)。

 しかし,コリバと周囲の人々との確執,矛盾は,じつは“キリンヤガ”という世界そのものが,抱え込んでいる矛盾なのかもしれません。“キリヤンガ”は人工惑星上にあり,干渉はしないことになっているとはいえ,「<保全局>」により管理されています。つまり,「テラフォーム世界」としての“キリンヤガ”は,その根底において徹底的に人工的であると言えましょう。
 キクユ族の伝統的な世界を構築するために,「ヨーロッパの悪影響」を排除するために,その「ヨーロッパ」のテクノロジィと知識を基盤にしなければならない――キリヤンガとは,そんな根元的な矛盾を内包した「人工的な伝統世界」なのでしょう。

 しかし(「しかし」が多いな),この物語はそういった矛盾を設定としたSF,フィクションでありながらも,そこには,すべての人間社会が持っていること―「変化」せざるをえない力と,「変化」を押しとどめようとする力とのせめぎ合い―をも,描き出しているように思います。コリバの「敗北」は,おそらくは,歴史上あらゆる時代,あらゆる場所において繰り返されてきたことなのだと思います。それは,いつの世でも,外からの刺激,人々の欲望,世代交代,ンデミのような聡明な若者の登場など,じつにありふれたことを契機として,起こったことなのでしょう。
 それゆえこの作品は,SFという体裁をとりながらも,ひとつの圧縮された,濃縮された「あったかもしれない歴史」の物語でもあるのかもしれません。

 それにしても,巻末の「作者あとがき」。独立した短編として発表された各章の受賞歴を,作者自身が率先して並べ立てる感覚には,ちょっと首を傾げてしまいます。まぁ,そこらへんが彼我の「文化」「伝統」の差なのかもしれませんね(笑)。

98/07/03読了

go back to "Novel's Room"