井上雅彦『綺霊』ハルキ・ホラー文庫 2000年

 50編のショート・ホラーを収録しています。気に入った作品についてコメントします。

「水夢譚」
 友は言った。「水屍人のための水族館を作りたい」と…
 「水屍人の水族館」というイメージは,中井英夫の作品にありませんでしたっけ? でも,そのグロテスクでいて,どこか静謐さを漂わせた雰囲気が好きです。ラストの処理はちょっと大げさすぎる気もします。
「蛇苺」
 トラックの運転手“私”とエミは,道端で,ひとりの少年と知り合い…
 「蛇苺」って,なんで「蛇苺」と言うんでしょうね? 子どもの頃はよく見かけましたが,最近はめったに見かけません。空き地がなくなったからなぁ・・・まぁ,それはともかく,淫靡な展開の末のショッキングなラストがいいですね。
「中二階の鏡」
 真夜中,幽霊が出るという噂のある屋敷で,幽霊譚を翻訳する“私”が見たものは…
 テクストの中のテクスト,侵食し合うテクスト,そして不在のテクスト・・・好きですね,こういう作品。最後の幕引きも余韻があって秀逸。本集中,一番楽しめました。
「海盤車(ひとで)」
 新婚旅行で,南国のホテルに泊まった夫婦は,夜中にヒトデに襲われ…
 全身を覆うヒトデの群……むちゃくちゃおぞましいイメージですが,それ以上にラストの一文がいいですね。ヒトデに襲われた“妻”の心持ちも,想像すると不気味なものがあります。もしかすると,ヒトデに襲われた“妻”が感じていたのは…と。
「履惚れ(くつぼれ)」
 男は言った…その塗下駄がほしい,脚と一緒に…
 ありがちな展開の話をもうひとひねり。こういったショッキングなシーンを巧みにラストに持ってくるところが,ショート・ホラーの醍醐味でしょう。怪談話で,最後に「ほら! そこに!」と,聴衆の背後を指さすように・・・
「蘭鋳」
 J…氏が,古びた旅館で見かけた,鮮やかな「ニンギョ」とは…
 外国人のつたない日本語表現を用いて,日常と非日常との間を行き来するストーリィ展開は,不安感を上手に醸し出しています。
「蠅遊び」
 “あなた”が,何処からか運んでくる蠅。“私”はそれが好きだった…
 語り手の設定がユニークでありますが,そのユニークさが,「描かれざる惨劇」を想像させるのに効果的に生かされています。“私”の見る“あなた”とのギャップもいいですね。
「向日葵(ひまわり)」
 「あれが見えるか?」友人の指さす方向には,十数本の大きな向日葵が生えており…
 “私”が見ているのは幻影なのか,それとも友人そのものが幻影なのか……“私”の妄想である可能性を残しながら,すべてが曖昧なままにフェイド・アウトしていくようなラストは肌寒いものがあります。
「酒樽」
 雪に埋もれたヨーロッパの山奥で,彼は一軒の酒屋にたどり着き…
 「これはミス・リーディングだろうな」という予想は当たりましたが,その「正体」には苦笑させられました。こういったテイストの作品を,ホラー集にまぎれこませておくのも,ひとつの「手」ですね。
「パラソル」
 ナオミとマリ…ふたりの老女が住む地に,鮮やかなパラソルをさす男たちが引っ越してきて…
 ダジャレと言ってしまえばそれまでなのですが(笑),発想の元はそのあたりにあったとしても,美しくも,どこか哀しい,とあるモンスタの姿を,これまでとは異なるアプローチで描き出しています。

00/09/27読了

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