阿刀田高選『奇妙にこわい話 寄せられた「体験」』光文社文庫 1998年

 副題からもわかりますように,たしかに一般の人が体験した奇妙な話,怖い話と思われるものが多く含まれていますが,なかには明らかにフィクションとわかる,ショート・ショート風の物語も含まれており,単純に「怪奇実話集」とか「恐怖体験談」というレッテルではくくれない,一種独特の感触を持ったアンソロジィです。また選者により,「最優秀作」「優秀作」「佳作」「選外佳作」というランキングがなされており,「怪奇譚」「恐怖譚」「綺譚」としての完成度も問われているようです。つまり,たとえ「体験」であっても,ある程度の「脚色」を許容しているということでしょう。そんなことから,わざわざ副題の「体験」のところに,「」をつけているのだと思います。
 選者がわたしの好きな作家さんだけに,通じるものがあるのでしょう,上位にランキングされた作品はけっこう楽しめましたが,いかんせん収録された32編中,佳作が11編,選外佳作が15編と半分以上を占めているせいか,全体としてはややもの足りないものが残りました。
 気に入った作品についてコメントします。

松本直美「わたしの足音」
 深夜,マンションのエレベータを待つ“私”は,非常階段を上る足音を聞いた・・・。
 ネタ的にはオーソドックスな「エレベータ怪談」なのですが,表題にある「足音」をじつに効果的に用いていて,「ぞくり」とさせられます。
おかだえみこ「透明なネズミ」
 敗戦間近の神戸で,“私”は近隣に住むドイツ人が“透明なネズミ”を捨てるのを目撃する・・・。
 きっといろいろな合理的な理由付けは可能なエピソードなのでしょうが,特殊な時代的状況の中での“体験”のせいか,独特の奇妙な雰囲気が醸し出されています。
浜口麻衣子「ひかり」
 家に来たかわいいハムスター。“あたし”は新しい家族を心底愛し・・・。
 ショート・ショートとしては巧い作品だと思います。こういった気持ちの持ちようというのは,どこかわかるようなものがあります。
中村いくみ「砂場」
 砂場で見かけた少女。彼女は弟を落とし穴に落とそうとするが・・・。
 作中,季節は特定されていませんが,なぜか真夏の昼下がり,そんな暑さが見せた一瞬の悪夢といった感じです。ラスト,蝉の声に包まれ茫然とする主人公の姿が目に浮かびます。
芝真之介「プラットホームの悪魔」
 しばしば人身事故のある駅で,“私”は奇妙な男と出会い・・・。
 「引き込まれそうな怖さ」・・・多少,高所恐怖症の気味のあるわたしとしては,この作品で描かれる恐怖は,じつに身近に感じられます。とくに疲れたときに耳元で囁かれたら・・・・ぞぞっ・・・。
大藤恭一「お墓の掘り方」
 田舎に土葬されたじい様とばあ様の墓を改葬することになり・・・。
 ちょっと読みにくい感じもしますが,淡々としながら,どこか捻れたような世界を描いています。なんとも不可思議でちょっと不気味な雰囲気に溢れた作品です。
備中臣道「蝉」
 若くして死んだ息子の下宿を引き払うため,家族は大阪へ向かった・・・。
 実話であればたいへん不謹慎なのですが,蝉のイメージを巧みに用いて,急逝した息子に対する父親の哀しみを,抑制したタッチで描いた佳品ではないかと思います。選者は「選外佳作」としていますが,個人的には本集中,一番好きな作品です。

98/11/17読了

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