小池真理子『危険な食卓』集英社文庫 1997年

 8編よりなる短編集です。『妻の女友達』の感想文で,小池真理子の作品は,「おおっ」というツイストの効いた結末が,魅力のひとつとなっていると書きましたが,それとともに,もうひとつ,たんたんと描きつつ,じわじわとしみ出してくるような一種の「不気味さ」もまた,この作者の持ち味なのだと,この作品集を読んで思いました。この作品集は,そんな両方の味わいがある短編集です。

 ところで,小池真理子と藤田宜永って,ご夫婦だったんですね。読んでませんが,幻冬舎文庫で最近知りました。

 
「囚われて」
 嫉妬深く,暴力的な夫に忍従する妻の「私」。彼女が公園で犬を拾い,夫に内緒で飼い始めたことから…
 読んでいる途中で食事をしました。食事しながら,自分だったら同じような設定でどんな物語をつくるかな,とぼんやり考えていました。食事後,続きを読んだら,あら不思議,自分がぼんやりと考えていたこととほぼ同じ結末でした。ネタが割れたというより,相性がいいと考えておきましょう。最後の一文で「囚われて」というタイトルの意味が重みを増しました。
「同窓の女」
 結婚をひかえた女性のもとに,中学校時代の友人から電話がかかる。彼女のなれなれしい態度に,企みを感じるのだが…
単なる性格描写かと思っていたところが,最後のオチの巧妙な伏線になっているあたり,この作品は,本作品集の中で一番おもしろかったですね。
「路地裏の家」
 子どもの頃,隣に住んでいた奥さんのマキちゃん。ある日,「私」はマキちゃんが夫の魔法瓶に「おしろい」を入れるのを見てしまう。翌日,夫は車の事故で死んでしまう。なぜ「私」はそんなことを思い出したんだろうか?
 子どもの目を通じて描く光景は,本人が自覚していない分,不思議な不気味さがあります。最後のオチは,予想がつくものの,アイロニカルでいて,余韻があります。
「姥捨ての街」
 殺人を犯してしまった男が,デパートで,捨てられたボケ老婆に,彼女の息子と間違えられて…
 全編スラップスティック風でいて,底知れぬ不気味さがあります。惚けた老人をデパートに置き去りにするという発想に,なんともやりきれない恐ろしさを感じます。
「天使の棲む家」
 骨折して入院していた老婆が家に戻ると,息子の嫁が,家電製品を一新させていた。その下心を見透かした老婆は…
 犯罪そのものよりも,「入院中の,ゆったりと流れ過ぎる膨大な時間の中で,菊子は楽しい夢でも紡いでいくように,その時のための方法を密かに編み出していたのである」という,そこにいたる過程を想像すると怖いですね。端からは「天使のような奥様」といわれる無力な病人でいながら・・・。
「花火」
 旅行先の北海道で,妻の従姉妹から,妻が浮気していると告げられた夫。彼はその夜,花火をしようと言い出し…
 もの悲しい物語です。夫はなにを考えていたのでしょうか? 穏やかな表情の裏に隠れていたのは,怯懦なのでしょうか,狂気なのでしょうか?
「鍵老人」
 旅行中の知り合いから犬の世話を頼まれた老人は,あずかっていた鍵をなくしてしまい…
 オチは見当がつきますし,前半の描写がちょっとくどいです。
「危険な食卓」
 菜食主義者で健康至上主義者の妻と離婚することになった男は,最後に意趣返しを計画するが…
 これまた結末がブラックユーモアです。男女,どっちもどっちですが,最後は,男の方が絶望的に情けないですね。たしかに「あんな状態」では,殺意も計画もなにもあったもんじゃないでしょう。

97/04/26読了

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