井上雅彦監修『帰還 異形コレクションXVI』光文社文庫 2000年

 廣済堂が文芸部門から撤退したため,15冊で途切れた「異形コレクション」の復帰第1作。このシリーズのファンとしてはうれしいかぎりです。
 さて,今回のテーマは「帰還」。まずこのテーマを,ホラー・アンソロジィのテーマとして選んだ編者に敬意を表したいと思います。なぜなら「編者序文」で書かれていますように,ホラーをはじめとする幻想的な作品において「帰還」は,物語の発端として,あるいはメイン・モチーフとして繰り返し取り上げられています。しかしながら,その一般性ゆえにでしょうか,改めて「帰還」という切り口で作品集を編むという視点が,非常に新鮮に感じられます。
 「帰る」という行為・言葉には,それが「帰っていく」場合であっても,「帰ってくる」場合であっても,どこか心を揺さぶるものがあります。そこには「帰る」ことへの「憧れ」と「恐れ」があるからでしょう。自分がもともと属していた場所や集団への回帰は,くつろぎや安らぎを与えてくれるかもしれません。しかしその反面,そんな「帰る場所」が,無くなっていたり,変質していたり,あるいはまた自分の帰還が拒否されるかもしれないという「恐れ」がつねにつきまといます。ときに「帰る場所」には,懐かしさだけでなく,おのれの「恥」や「罪」を抱え込んでいます。
 また迎える側にとっても,帰還者は,普段の日常生活を変え,一時の「非日常」をもたらす「客人(まろうど)」という顔を持っています。しかし,その人物の「不在」によって成り立っていた日常を,攪拌する危険性をも秘めています。そのとき「帰還者」は「侵入者」となります。帰還者は,歓迎されるとともに忌避され,ときに排除される宿命を担っているのです。
 ですから,そんな「非日常性」「危うさ」が付帯する「帰還」が,ホラー作品のテーマとして何度も採用されることも,むべなるかな,と思います。
 気に入った作品についてコメントします。

山下定「リターンマッチ」
 若いチャレンジャーのはずの相手。ヤツはおれが殺したチャンピオンなのだ…
 ボクシングでは,あたりまえの「リターンマッチ」を上手に換骨奪胎して,不気味で,それでいて緊迫感のあるホラーに仕立て上げています。ラストの処理もグッド。
石田一「復帰(カムバック)」
 引退して久しい老監督の“わたし”は,古い友人に呼び出された理由は…
 どのように書いてもネタばれになってしまいそうなので,思い切って書いてしまうと,「新しい時代のゾンビ」を描いた作品といえるかもしれません。そこに妙なリアリティを感じ取ってしまうのが現代なのでしょう。
久美沙織「失われた環(ミッシング・リンク)」
 男に捨てられた彼女は,無くしたイヤ・リングを探しているうちに…
 ネタ的には,さほど新鮮に感じられませんでしたし,ストーリィ展開もちと陳腐な感があるものの,饒舌体の文章で醸し出される雰囲気は,不思議な息苦しさと濃密感があります。
北原尚彦「帰去来」
 「糞拾い」で糊口をしのぐ“あたい”のもとに,刑務所にいるはずの夫が帰ってきた…
 主人公の“あたい”のストレートで素直な語り口と,皮肉であまりに無惨なラストとの落差が巧いですね。
五代ゆう「或るロマンセ」
 ジプシーのマリヤは,目に見えない“お友だち”がいることから,大人たちに利用され…
 「ですます調」の文体で描かれたブラック・メルヘンといったテイストの作品。前世紀末の「博覧会」のグロテスクさが巧みな舞台となっています。
飯野文彦「母の行方」
 自宅で病気療養中の“私”がつぶやいた一言によって,日常はその姿を変え…
 『サザエさん』の連載終了が,物語のきっかけというところがおもしろいですね。そして石が坂を転げ落ちるようなテンポのよい展開の果てに待つラストがショッキングです。本作品集で一番楽しめました。
本間祐「星に願いを」
 9月のある朝,母は星になった。足の裏からジェット噴射して,空に消えた…
 「人は死んだら星になる」とか,「流れ星に願うと願いがかなう」とか,いったいいつの頃から言われはじめたのかはわかりませんが,今ではすっかり定着した「物語」となっています。ですから,冒頭から思いっきり「異界」なストーリィながら,描かれる心地よいラストにはしっくりくるものがあります。
藤田雅矢「世界玉」
 行方不明になった友人から,2年半ぶりに届いた手紙には,奇妙な「世界玉」のことが書かれ…
 SFで言えば「パラレル・ワールド」ネタなのでしょうが,「世界玉」という,理由も原因もいっさい不明のアイテムを導入することで,幻想的な作品に仕上げています。「世界」と「世界玉」があるのではなく,すべてが「世界玉」なのではないかと思わせるところがいいですね。

00/10/14読了

go back to "Novel's Room"