島田荘司『消える「水晶特急」 新装版』角川文庫 1998年

 総ガラス張りの展望列車“クリスタル・エクスプレス”が,猟銃を持った男に占拠された。犯人の要求は,大物政治家の旧悪の公開。病気療養中のその政治家のいる山形県酒田に向かう最中,その列車が消失した! 島丘弓芙子は,取材のために列車に乗っていた友人・蓬田夜片子の行方を追って,単独調査を始めるが・・・

 最近,「愛蔵版」やら「改訂完全版」やらで,荒稼ぎ(笑)しているこの作者,今度は「新装版」です。ま,商売のやり方はともかく,未読作品が手に入りやすい形で再刊されるのは,読者としてはうれしいですね。

 占拠された“水晶特急”内での犯人と夜片子の緊迫感のあるやり取り,そして周囲を田圃に囲まれ,単線の陸羽西線上から忽然と消えた列車,と,この作者らしい奇想に満ちたケレン味たっぷりの舞台設定には,ぞくぞくさせられるものがあります。とくに水晶特急が“消える”直前,夜片子が目にする“弓芙子”のシーン―東京にいるはずの彼女が,なぜか同じ特急に乗っている―は,怪奇趣味に溢れ,個人的に好きな場面です(そのオチはいまひとつでしたが・・・)。
 で,ネタばれになるのであまり書けませんが,弓芙子の調査の過程で,不可解な謎がつぎつぎと浮かび上がります。さらに殺人事件が発生,事態は「これでもか」というほど混迷をきわめます。さらに幻想的なクライマックス・シーンへと展開,ラストですべての謎が,吉敷刑事によって解き明かされます。その真相は,じつにこの作者らしい「大技トリック」といえましょう。
 ですから,サスペンスフルな列車ジャックの描写,列車消失という不可能趣味横溢の事件,怪奇幻想的な味付け,大技トリック,まさにこの作者の十八番ともいえるようなモチーフやアイディアに満ちた作品で,そういった点では楽しめる作品だと思います。
 ただ,この作品を「吉敷シリーズ」で書いてしまったところが,最大の難点のように思います。つまりこの作品のトリックを成立させるには,「吉敷シリーズ」という「器」はあまりに小さい,そこらへんにどうしても「違和感」が残ってしまいます。「じゃあ,御手洗シリーズでは?」というと,これまた馴染めない感じです。そこらへんがちょっと残念ですね。

98/10/05読了

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