柴田よしき『貴船菊の白』新潮文庫 2003年

 「君の罪には名前がない。だから時効は来ないんだ。永久に」(本書「貴船菊の白」より)

 京都を舞台にしたミステリ短編7編を収録しています。

「貴船菊の白」
 15年前に自殺した殺人犯。その終焉の地・高雄を訪れた元刑事は…
 弁護士のバッジは,天秤を象っているそうです。その由来はわかりませんが,個人的には「罪」と「罰」とを等分に配することを意味しているように思えます。罪にふさわしい罰を,というわけです。もしかすると人の心の内にも,「罪」を感じるときに,それに見あった「罰」を求める心性があるのかもしれません。しかし,本編で描かれるそれは,「良心」と呼ぶには,あまりに愛憎にまみれたなまなましいもののようです。
「銀の孔雀」
 離婚した志保美は,その原因となった“銀の孔雀”をアンティーク・ショップで見つけ…
 ある天才的な工匠が,みずからの技を後世に伝えようとして,100人の弟子を雇う,それは100人に自分の「技」を拡散させることではなく,たったひとり,受け継ぐにふさわしい才能を持った者を見いだそうとするためだとしたら,残りの99人は「捨て石」となります。そうしなければ伝えられないものも,この世にはあるのかもしれませんが,その一方で99人の気持ちはいったいいかなるものなのでしょう? 何かを伝えようとする想いがきわめて強いとき,人はむごいほどに酷薄にもなれるのかもしれません。
「七月の喧噪」
 ゆかりが殺されたのは,7月の宵山の夜だった…
 帰ってこない夫のために,夫の嫌いな食材で夕食を作って待っている妻,というシチュエーションは,やりきれないほどの哀切さとともに,どこか(男側の見方なのかもしれませんが)背筋が冷たくなるような「怖さ」がありますね。
「送り火の消えるまで」
 OLにつきまとうストーカーが殺された。犯人はOLの婚約者と目されたが…
 マスコミが好んで取り上げる図式−「同情すべき加害者」と「怨まれても仕方がない被害者」。しかし図式においては,加害者も,被害者も単なる「項目」に過ぎず,そこには生の感情は表出されません。1枚の写真をきっかけとして,そんな見慣れた「図式」の背後に潜む確執・悪意を浮かび上がらせています。ただ上の「七月…」もそうだったのですが,会話に寄りかかったストーリィの展開手法は,ちと馴染みません。
「一夜飾りの町」
 男に裏切られた祥子は,衝動的に京都行きの夜行バスに乗った…
 シチュエーションの妙とでも言いましょうか。物語の発端も,作中のトリックも「2時間サスペンス・ドラマ」的な手触りなのですが,「一夜飾り」というアイテムを上手に使いながら,人生の岐路に立った女性を描いた,余情あふれる作品に仕上げています。本集中,一番楽しめました。
「躑躅幻想」
 旅行で訪れた京都で,“わたし”はひとりの少年に出逢った…
 偶然知り合った少年の言動から,ある犯罪の存在を推理する,という,どこか「アームチェア・ディテクティヴ」を思わせるテイストの作品です。そこに二重三重のツイストを仕掛けるラストは小気味よいですね。
「幸せの方角」
 12年ぶりに再会した元編集者と作家は,お互いの過去を語りはじめ…
 「京都料理紹介小説」でしょうか(笑) 料理を味わうにはそれなりの加齢が必要だ,というモチーフを,作品の内容そのものに重ね合わせているのでしょう。物語の骨格そのものは途中で見当がつくものの,ラストにサプライズを入れることで,より深い味わいを醸し出しています。ただ幕引きがちょっと長すぎる観があり,くどいですね。

03/02/23読了

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