新潮社編『決断 警察小説競作』新潮文庫 2006年

 警察小説6編を収録したアンソロジィです。姉妹編に『鼓動』というアンソロジィが同時刊行されています(どちらが姉妹編なのかな?)。もともと『小説新潮』の「警察小説特集号」に掲載された作品を文庫化したようです。

逢坂剛「昔なじみ」
 暴力団から偽ドルを押しつけられた男は,再会した昔なじみと一計を案じ…
 コンゲームを描いた作品というのは,やはり「軽快さ」が,その作品の善し悪しのポイントとなるのではないかと思います。その点,本編は,どうにも得体の知れない主人公(シリーズものなのかな?)の,口には出さない「憎まれ口」や,軽妙な対応が,テンポの良さを産みだしています。
佐々木譲「逸脱」
 刑事課から駐在所に異動した警官の元に,高校生の失踪事件が持ち込まれ…
 稲葉事件による北海道警の混乱を,巧みに舞台に取り入れたハードボイルド作品です。そう,主人公の行動原理が,移ろいやすい「外側」にあるのではなく,一本筋の通った「内側」にあることを,ハードボイルド小説の特徴とするならば,本編はまぎれもなくハードボイルドです。ダブルミーニングなラストのセリフが秀逸です。
柴田よしき「大根の花」
 続発する植木鉢損壊事件の背後に潜む悪意とは…
 現代の警察ミステリの特徴のひとつは,「犯人の無名性」にあるかと思います。膨大な数の「関係者」の中から浮かび上がってくる犯人…それゆえ,その犯人は「あなたの隣にいる人」であり,日常生活の中に沈殿する悪意であったり,憎悪であったりします。いわばその「普遍性」が,警察ミステリをすぐれて「現代小説」にしているのだと思います。
戸梶圭太「闇を駆け抜けろ」
 飲酒の上,シャブまで決めた若者3人が,運転中に人を轢いてしまい…
 いかにもこの作者らしい「後先考えないで行動するタイプ」が大暴れして,周りがひたすら迷惑する(笑)作品です。しかし,当然デフォルメはされているのでしょうが,昨今の事件報道を見ると,妙なリアリティを感じてしまうのは,わたしだけでしょうか? ちなみに,作中に一部,作者の「私怨」も含まれているようです(笑)
貫井徳郎「ストックホルムの埋み火」
 「裏切った女」を殺しに行ったストーカーは,その女の死体を発見する…
 この作者の作品をいくつか読んだ者にとっては,小説の構成がわかってくるとともに,「ああ,またか」と,正直思わざるをえなかったのですが,最後の最後になって「ガツン」と一発やられました。「同じ性質」のトリックを,「異なる使い方」で用いるという手腕はお見事です。
横山秀夫「暗箱」
 刑も確定している放火犯を,無実だと告げる電話が老刑事の元に…
 「留置場」の隠語であるという「暗箱」という言葉に,二重三重の意味を持たせ,また主人公の刑事の心の揺れ動きをかぶせつつ,日常の奥底に隠された悲哀を浮かび上がらせています。また主人公が逮捕した放火犯は,本当に無罪なのか?というサスペンスが,ストーリィの牽引力にもなっています。やはり巧いですね。

06/02/12読了

go back to "Novel's Room"