平岩弓枝『御宿かわせみ』文春文庫 1979年

 大川(隅田川)端に建つ小さな宿屋「かわせみ」を舞台に,その女主人るいと,彼女の恋人神林東吾を主人公にした連作短編集です。
 いまさら言うまでもなく,ビッグ・ネームの作家さんの代表作とも言える本作品は,すでに20冊を越えた大シリーズです。たしかNHKでドラマ化されていたのではないかと思います。ですが,この作者の作品は,アンソロジィで読んだ短編がほんの1・2作,今回が限りなく初読といったところです。

 さて本作品のベースは,いわゆる「人情もの」というのでしょう。ただし,メイン・キャラクタは,るいが元同心の一人娘であることをはじめ,彼女の恋人・神林東吾の兄は与力,また東吾の朋友畝源三郎もまた定廻り同心といった具合に,「捕物帳」テイストがふんだんに盛り込まれています。ですから各編で「事件」が起こり,その事件をめぐって,さまざまな人間模様が浮かび上がってきます。
 たとえば「卯の花匂う」では,「かわせみ」に泊まる奇妙な男女ふたり連れと,東吾がしばしば見かける仲の良い老夫婦との意外な関係が描かれます。クライマクスの敵討ちの,ぎりぎりと緊迫感が,タイトルにある「卯の花」の匂いによって溶解していくシーンは,思わず安堵の吐息が漏れます。また「秋の蛍」は,宿屋が盗賊に襲われる事件が続発,そんな折り,「かわせみ」に傷を負った老人とその娘が宿泊し・・・というエピソード。スピード感あふれる後半の展開と,一瞬「どきり」とさせておいての人情味たっぷりのエンディングはじつにいいですね。
 「江戸の雪」では,「かわせみ」で,宿泊客の五十両もの大金が盗まれる事件が発生します。その五十両の背後に隠された秘密が明らかにされるとともに,盗難の疑いをかけられた青年の「純」な気持ちがほとばしるラストは,時代劇の定番といえば定番なんですが,やはり「定番だからこその楽しみ」というのがありますね。

 一方,本集中には,上に紹介したような,エンディングで「ほっ」とさせるタイプの作品とともに,苦味を含んだ,哀しい最後を迎えるエピソードも含まれており,通俗的な「人情もの」とはひと味違います。たとえば「初春の客」は,奴隷として長崎に連れてこられた黒人と,ハーフの女性との行き場のない恋の悲愴感に満ちた結末を描いています(このラスト・シーン,映像性豊かな秀逸なものなんですが,「感動が激しく東吾を襲った」という一文は,ちょっと興醒めです)。
 また「玉屋の紅」は,新婚夫婦の部屋に,夫の愛人の芸者が乗り込んだことに端を発する陰惨な愛憎劇を描いています。新妻が,夫の「過去」を知り,無惨な終点へと向かっていくところは,単に「哀しみ」という言葉だけでは言い表せない凄絶さがあります。またミステリ好きとしては,新妻が夫の「過去」に気づくところは,ひねりがあって楽しめます。

 ただちょっと気になったのが,ときおり,異様に長い文章が挿入されていて,そのせいで読むリズムが乱れてしまうときがあるんですよね。おまけに主語がつかみにくかったりします。まぁ,個人的に短いセンテンスの方が好きだというせいもあるのでしょうが・・・

01/04/10読了

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