エドワード・D・ホック『革服の男』光文社文庫 1999年

 「英米短編ミステリー名人選集」の第5集はエドワード・D・ホックです。もうずいぶん前になりますが,この作者が創造したさまざまなキャラクタが一堂に会した『ホックと13人の仲間たち』を読んで,その多彩な短編群に魅了されました。しかし最近は書店でこの作家さんの名前を滅多に見かけることがなく,さびしく思っていました。ですから,今回久しぶりにたっぷりと楽しめました。この作家さんは,シリーズ・キャラクタを,それこそ数え切れぬほど生み出していますが,だからでしょうか,逆にキャラクタに頼らない,一編一編が独自の魅力を持った短編に仕上がっており,凡百の「シリーズ・キャラクタもの」とは一線を画していると言えましょう。
 気に入った作品についてコメントします。

「キルディア物語」
 妻の死後,“わたし”は季節ごとの休日にミステリ短編を書くことにし…
 ノーマン・マグワイアという作家が書いた「キルディア物語」という体裁の作品。翻訳作品が宿命的に持つ難点を抱えた作品ながら,発想そのものが楽しめる一編です。
「熱気球殺人事件」
 熱気球から乗員が墜落死するという事件が連続して起こり…
 一種の「空密室」とでも言いましょうか,誰も近寄ることのできない熱気球での殺人事件を描いています。前半のさりげない,さながら情景描写と思われていた部分が伏線になっていて驚きました。
「人狼を撃った男」
 知事候補モルツが,狼を撃ち殺したところ,その死体は人間に変わったという…
 ホックのシリーズものでは,この「サイモン・アーク」ものが一番好きです。年齢2000歳,悪魔を滅ぼすために生きるという異色探偵です。ですから描かれる事件も怪奇趣味が横溢しています。この作品も人狼ネタ。トリックそのものは大したものではありませんが,都筑道夫的なテイストが楽しめます。
「バウチャーコン殺人事件」
 ミステリ作家とファンの集い“バウチャーコン”で殺人事件が発生。被害者はダイイング・メッセージを残すが…
 アメリカでも,こういった集まりは,ミステリよりSFの方が盛んなようですね(笑)。この作品のエンディングには,作家という特殊な職業が持つ「ほろ苦さ」が漂っていますね。
「ジプシーの勝ち目」
 ジプシーのミハイ・ブラドは,村一番の馬の乗り手タンティを連れて,モスクワに行くが…
 この作品の伏線もじつにさりげなく,ラストで「をを,なるほど!」と膝を打った作品です。探偵役ミハイの論理的な推理が小気味よく,また彼のキャラクタにマッチした,余韻あふれるエンディングもグッドです。
「レオポルド警部のバッジを盗め」
 ライバルの女盗賊サンドラを救うため,ニックはレオポルド警部と対決することになり…
 おそらくこの作者のもっとも有名な二大キャラクタ―レオポルド警部怪盗ニック―の競演作品ですが,どちらかというとニックの方がメインですね。ニックのすっきりした推理が導き出す真相は,書き方の上手さも手伝って,意外性に富んでいます。
「刑事の妻」
 バーテン連続殺害事件を追う夫は,手がかりがつかめず苛立ちを深めていく。そのとき妻は…
 バーテンであるという以外つながりのない殺人事件を描いています。その解決のきっかけは少々出来過ぎの感じがしてあまり楽しめなかったのですが,この作品で描きたかったのは,おそらく殺人事件そのものではなく,ビター・テイストのラストだったのでしょう。
「革服の男」
 50年前に死んだはずの“革服の男”がふたたび現れた。医師サムはその男を見つけだすのだが…
 主人公が一緒に歩いていたはずの“革服の男”,しかし,彼を目撃したはずの人々は,男の存在を否定する,という,じつにミステリアスで幻想的な謎と,そのアクロバティックでいながら,きっちりと「理」に落とす結末は,表題作にふさわしい作品と言えましょう。伏線の鮮やかさも光っています。本作品集で一番楽しめました。

99/11/21読了

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