椎名誠『活字博物誌』岩波新書 1998年

 書評風エッセイというか,エッセイ風書評というか,作者自身に言わせると,「読後連想式妄想型ヨタ話」あるいは「超個人的迷走読書ばなし」です。これに先行するものとして『活字のサーカス』(岩波新書)があるそうですが,そちらは未読です。
 本書の中で書いていますが,この作者,落語が好きなようで,本書の体裁もまた,一種落語を思わせるところがあります。「書評するぞぉ!」といった感じではなく,作者の関心や日常から始まって,そこから数冊の本についてスムーズに話が及んでいく,要するに落語で言うところの「枕」がじつにうまいのです。散歩していて,ふと本屋を見るとお気に入りの本が置いてある,そんな雰囲気です。
 ただ初出が『図書』(岩波書店)と『頓知』(筑摩書房)という「お堅い」雑誌のせいでしょうか,この作者の他のエッセイに見られるような「言語的バトルロイヤル」がちょっと影が薄いように思われます。
 ところで本書を読んではじめて知ったのですが,北上次郎という書評家は,この作者のエッセイでの常連目黒考二と同一人物だったんですね。いやぁ,驚きました(単なる無知ともいいますが・・・(^^ゞ)。
 おもしろかったエピソードについてコメントします。

「アナザワールド」
 テレビとプロレスの話から,バリ島で見た田園風景に話が展開していきます。この作者とわたしとでは,ずいぶん世代差がありますが(言うまでもなくこの作者が「上」ですよ),テレビがかつて持っていた「異界性」というところは,じつにすんなり納得できました。現在の,いわゆる「視聴者参加型番組」はそれなりにおもしろいものがありますが,その分,「異界性」が失われてしまったように思います。
「旅をする国」
 この作者の家にはしばしば外国からの居候が来るそうです。チベット青年にとって,日本のエスカレータやエレベータが,慌ただしすぎて怖いという話は,改めて考えさせるものがあります。
「漂流者」
 大海を漂流した人々の手記を紹介しています。この作者の長編『水域』は,個人的には非常に好きな作品なのですが,そこに出てくる「水没した世界」に生きる人々の描写は,きっとこれらのノン・フィクションが大きく影響しているのかもしれません。もうひとつ陸上でのサバイバル生活の本を紹介する「生きるための命」という章がありますが,その中で,頸椎損傷のため全身麻痺に陥った男性の手記を,「最高最強のサバイバルの書」と呼んでいるところは,この作者の視点の確かさを物語っているように思います。
「貧困発想ノート」
 スティーヴン・キングの『ミザリー』について語った章です。キング作品のおもしろさの本質を的確に指摘しています。
「苛々する本」
 ひととき話題になった『うるさい日本の私』を紹介しています。『うるさい・・・』には,わたし自身,けっこう共感できた部分がありましたので,この作者の「苛々」も納得できるものがあります。
「すさまじきくいもの」
 「どじょうの地獄鍋」って,嘘だったんですね。一度食べたいと思っていたのですが・・・^^;;;
「怖さのすりこみ」
 わたしも,小さな昆虫がぐちゃぐちゃ,ぞろぞろ,ぬたぬたしたのは,大っ嫌いなのものですから,この章で語られる「怖さ」には共感できます。でも宇宙から見たら,人類も,そんなぐちゃぐちゃ,ぞろぞろ,ぬたぬたなのかもしれませんね。

98/12/07読了

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