永井するみ『枯れ蔵』新潮文庫 2000年

 富山県で突如として異常発生した害虫“T型トビイロウンカ”は,これまでの農薬に耐性を持った変異種だった。対応に追われる農協や農業試験場の職員を尻目に,マスコミのセンセーショナルな報道のため,米不足の噂が広がっていく。一方,食品会社に勤める陶部(すえべ)映美は,友人のツアー・コンダクタ井上曜子の不可解な自殺の原因を追う。まったく関係なさそうなふたつの事件は,思わぬところで結びつき・・・

 「第1回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作品」です。この作者の短編はいくつか読んだことがありますが,長編ははじめてです。短編も独特の迫力があって楽しめましたが,本作品もおもしろく読めました。

 物語は,ふたつの流れから構成されます。ひとつは,富山で異常発生した“T型トビイロウンカ”をめぐる謎と,それがもたらす混乱を描いていきます。「なぜ“T型トビイロウンカ”は異常発生したのか?」「なぜ富山なのか?」という謎が提出され,農業試験場の研究員五本木透の動きを中心に,農薬散布をめぐる農協と有機栽培農家との対立などが織り交ぜられながら,アップ・テンポに展開していきます。
 もうひとつの流れは,陶部映美を中心としながら,彼女の友人井上曜子の自殺をめぐって展開していきます。誰もが首をかしげる不可解な自殺の理由はいったいなにか? という謎を映美が追います。映美は,曜子が自殺の直前に添乗員として同行した「韓国ツアー」でなにかがあったのでは,と考え,関係者を訪問していきます。さながらリレーのバトンのように手がかりが提示されていき,映美が曜子の自殺の真相へと迫って行くところは,少々うまくいきすぎるきらいはあるものの,その展開はスムーズかつサスペンスフルです。
 そしてなんといっても巧いのが,このふたつの流れの結びつけ方です。作者は,ふたつの事件の関連を匂わす手がかりを,小出し小出しにしながらストーリィを引っぱっていきます。ちょうど,ジグソ・パズルで,ピースを両端から置いていって,しだいしだいに中央の空白部が埋められていく,そして最後のピースがはめ込まれると,全体の「絵」が浮かび上がる,といった具合です。最後の「絵」は,けして「サプライズ・エンディング」というわけではありませんが,そこにいたるまでの展開はスリルに富んでおり,ぐいぐいと読み進めていけます。

 さらに本作品では,「米」という,あまりに身近ながら,その実,あまり縁のない農業をめぐるさまざまな問題を浮き彫りにする社会派ミステリでもあります。「食管法」廃止後の,農協と農民との微妙な関係,ビジネスとして農業と関わる食品会社や農薬会社の社会的立場や倫理の問題,国内で実施できないため第三国―発展途上国―で行われる危険な実験,「米」に対する日本人のこだわりなどなど・・・ともすれば,「説明」に陥り,物語の展開を阻害させかねないこれらの時事問題を,たくみにストーリィに埋め込んでいます。ですから,スピーディな展開と合わせて重厚さを持たせることに成功しているように思います。
 ただ,「新潮ミステリー倶楽部賞」の選者によれば,「恋愛小説」としての側面も評価されたそうですが,個人的には,そこらへんがむしろ「贅肉」のように感じられてしまうのは,わたしが朴念仁だからでしょうか?^^;;

00/03/12読了

go back to "Novel's Room"