高橋克彦『完四郎広目手控』集英社文庫 2001年

 「銭よりも面白ぇことも世の中にゃあるさ」(本書「雨乞い小町」より)

 舞台は幕末,黒船来航で世情不安な江戸,“完さん”こと香冶完四郎を主人公とした連作短編集です。収められた12編がちょうど1年の各月に配されているところは,宮部みゆき『幻色江戸ごよみ』を連想させます(もっとも池水冬樹の「解説」によれば,安藤広重『名所江戸百景』を素材にしているそうですが)。
 さて主人公の完四郎。幕府重役を伯父に持つ,旗本出身の武士ながら,いまでは広目屋“藤由”に居候する不精者,それでいて頭のキレと剣の腕は抜群,という,まぁ,時代小説の主人公としては「ありがち」なものではあります(笑)
 しかしこの作品でユニークなのは,完四郎が寄宿する先を「広目屋」に設定したところでしょう。これも「解説」によれば「藤由」という人物は実在したようですが,今でいう「広告代理店」というか,報道機関というか,ワイドショー制作会社というか(笑),江戸の町に流れる「噂」を売り買いする,いわば情報産業の「走り」みたいな商売です。この広目屋の「性格」を如実に表しているのが,藤由が「梅屋敷」「梅試合」を企画するという「第一話 梅試合」や,「花見小僧」なる謎の人物をでっち上げて,江戸市中の花見を盛り上げるという「第二話 花見小僧」で描かれています。このふたつのエピソードは,つまるところ連作短編集の「イントロダクション」といったところなのでしょう。
 そして第三話以後,藤由に持ち込まれたさまざまな「噂」を,完四郎たちが謎解きしていくというフォーマットになってきます。たとえば王子で死んだ不幸な娘の幽霊が出るという「第三話 化物娘」や,一晩で御殿が消失するという「第七話 かぐや御殿」,遊女が突然「男」になってしまった怪異を描く「第九話 変成男子」といった具合です。いずれも,ミステリとしてのトリックはさほど新鮮なものではありませんが,「なぜそんなことをしたのか?」「なぜおきたのか?」という「ホワイダニット」が,幕末の世情と上手に絡めながら解かれていくところは小気味よいですね。ただ完四郎がちょっと「名探偵」すぎるところもありますが(笑)
 そうしたテイストのエピソードとして楽しめたのが,「第九話 怪談茶屋」です。松本喜四郎が作ったという,おぞましいまでにリアルな「生き人形」,その行方を捜してくれと頼まれた完四郎たちがたどり着いた真相とは? というお話。この作者には,稀代の生き人形師泉目吉が現代の少女に転生するという『ドール』がありますので,それと連動する物語と思いきや,ラストで思わぬ展開を見せ,鮮やかに着地しています。

 ところで本シリーズには,「第四話 雨乞い小町」で登場した予知能力を持った少女お映が重要なキャラクタとして活躍します。「第五話 花火絵師」では,お映が「見た」絵師国玉の死の光景,それも両国名物,花火大会のまっただ中での彼の「死」はなにが原因なのか? またお映の予言は阻止可能なのか? というスリルたっぷりの展開と,ラストで明かされる意外な真相と,予言を巧みに用いてのツイストがじつにすっきりしています。また「第十話 首なし武者」でも,百姓家の庭にうち捨てられていた首なしの武士の死体をめぐる謎が描かれる中で,お映の「見る」光景が,ラストで効果的に用いられています。
 そしてお映の予知をメインとしながら,「安政の大地震」を描いているのが,「第十一話 目覚まし鯰」「第十二話 大江戸大変」です。もしかするとこの作品,このふたつのエピソードを書きたいがために始められたのではないかと勘ぐってしまうほど,「力」の入った作品になっています。予知された大地震はいつ起こるのか? 避けようがなければ被害をどれだけ小さくできるか? といった完四郎や藤由,仮名垣魯文らの活躍が,ジリジリとした緊迫感とともに描かれるとともに,地震後,苦難の中で機転を利かせながら瓦版を発行させようと奔走する姿は,なかなか感動的です。

 この作品には続編もあるとのこと。なんでも舞台は激動の幕末京都。今回はあまりでなかった完四郎の「大立ち回り」がたくさん出てくるのかな?

02/04/19読了

go back to "Novel's Room"