西崎憲編『怪奇小説の世紀 第3巻 夜の怪』国書刊行会 1993年

 「戻って来そうもないのは,察するに,この男,どうやら彼方に棲むものでもあろう」(本書 L・P・ハートリー「夜の怪」より)

 アンソロジィ・シリーズの最終巻。本巻には計10編を収録しています。

ヒュー・ウォルポール「ターンヘルム」
 “私”が厭世的な一生を送るようになったのは,伯父の奇怪な死が原因だった…
 この手の作品を好んで読むような読者(例:yoshir)の心持ちにどこか共振し,親和性を醸し出すオープニングでの語り口が絶品です。
A・M・バレイジ「足跡」
 「幽霊を見た恐怖で死ぬこともある」…将軍は語り始めた…
 物語の構造そのものは,オカルト的復讐譚なのですが,ラストの視覚イメージがじつに良いですね。それと,わたしの場合,予想が裏切られる形になり,その点でもグッドでした(ネタばれ反転>てっきり足跡は,妻のものかと思っていたんですが,それが子どものものであったのはショッキングでした
ダンセイニ卿「秋のクリケット」
 寂れたクリケット場で,その老人は往年のプレイヤーたちのゲームを見ているという…
 クリケット版『フィールド・オブ・ドリームス』とでも言いましょうか(笑) 「ですます調」で語られる柔らかな雰囲気が,もの悲しくもあり,さわやかな面も持つ本編によくフィットしています。
匿名氏「死霊の山」
 その山は,1年のうちある晩だけ,死霊が徘徊するという…
 女が口にしたのは,男を(田舎を)を厭う気持ちから出た,軽い戯れの言葉だったのでしょう。しかし世の悲劇は,往々にして,そんな軽率さが原因なのかもしれません。それにしても,フランスに対する複雑な想いというのは,周辺諸国にあるようですね。
R・マレー・ギルクリスト「イノウズラッド夫人」
 “私”が滞在する“金の雄牛亭”には,女主人の姪がおり…
 姪と男との間にいったい何があったのか? “死んだ嬰児”とは何なのか? そしてなにより男は生きているのか? いや姪さえも? 一種の“幽玄劇”を思わせる1編です。
L・P・ハートリー「夜の怪」
 夜警を勤める男の眼前に,突然,奇妙な男が現れ…
 人の心の内に潜む「魔」「怪」に響きあうもの−それを的確に探り出し,引き出すこと,「魔」といい「怪」といい,その本質は「誘惑」にあるのではないかと思うことがあります。いや,もしかすると,そんな「誘惑者」を呼び出すものこそ,人の心の「魔」「怪」なのかもしれません。
ロバート・エイクマン「列車」
 徒歩旅行中のミミとマーガレットは,雨に降られ,ある屋敷に逃げ込むが…
 ロバート・ブロックあるいはアルフレッド・ヒッチコックの古典『サイコ』を彷彿とさせる作品です。主人公の女性をふたり配したことで,「襲う,襲われる」という単調になりがちなストーリィにメリハリをつけています。また,屋敷の秘密とは何なのか? 祖母は狂っていたのか? 主人と使用人の真の意図とは? など,曖昧な状況を二重三重に重ね合わせることで,不気味さを醸し出しているところは巧いですね。ラストはちょっと尻切れトンボ?
R・H・マールデン「日時計」
 新たに購入した屋敷では,不可解な“人影”が絶えることなく出没し…
 ストーリィ的には,幽霊屋敷とその因果話ということで,新鮮味は感じられませんが,買った古本に挟まっていた未公表の手記という導入部は,個人的にはツボ。上記の「ターンヘルム」と同様,こういったクラシカルなイントロには弱いんですよね。
ファーガス・ヒューム「砂歩き」
 行商人の“私”が下宿したその家では,かつて,ひとりの男が行方不明になっており…
 スーパー・ナチュラルなモンスタは,たしかに登場しますが,むしろそのモンスタを産み出すに至った人間関係の設定にミステリ的趣向があふれていることと,クライマクスへとなだれ込むスリルが楽しめます。
W・W・ジェイコブズ「失われた船」
 何年も前に行方を絶った船から,ひとりの男が戻ってきた…
 この作者の代表作にして,怪奇小説の古典中の古典「猿の手」は,恐怖とともに,息子の帰還を待ちわびる老夫婦の悲しみと嘆きが活写されていました。本編もまた,怪異を期待させながら,すっと悲しみへとストーリィをシフトさせていく手際は見事です。

03/09/18読了

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