塚本邦雄『十二神将変』河出文庫 1997年

 ホテルの一室で変死したひとりの若い男。彼のかたわらには十二神将像が一体転がる。死因はヘロインによるショック死。アヘン吸引による事故死なのか,それとも殺人か。死者を巡るさまざまな人間関係。精神病理学者,サンスクリット学者,茶道宗匠・・・。そして彼らが密かに栽培する,魔方陣をかたどった罌粟畑。そして十二神将像に隠された秘密とは?

 帯によれば,歌人・塚本邦雄が23年前に書き下ろした「幻の名作ミステリ」とのことです。なんとも浮き世離れしたというか,異世界のような物語です。そう思わせる理由のひとつは,まずなんといってもその特徴的な文章なのでしょう。多用される漢字の群。漢字というのは不思議なもので,たとえば英語のABCと同様,ひとつの記号ではあるわけですが,その形態は,単に記号にとどまらず,ひとつのシンボルでもあり,また絵画のようなものでもあるようです(だから「書」という芸術が成り立つのでしょう)。たとえば「ケシ」を,「けし」でもなく,また「芥子」でもなく,「罌粟」と書くことによって,「けし」という植物を意味する記号以上の,より漢字が持つ形態そのもの視覚的な効果を高めているのではないでしょうか。そういった視覚性の強い漢字を多用することに加え,「魔方陣」や「十二神将」,さらに色彩の持つ象徴性などを配し,十重二十重に世界をシンボルで埋め尽くしていく,あるいはシンボルによって世界を構築していく,そんな感じのする作品です。「巻末エッセイ」で中野美代子が一部試みているように,これら散りばめられたシンボルを,ひとつひとつ,めくるようにして解き明かしていくこともまた可能なのでしょうが,残念ながら,今のわたしにはそれだけの気力がありません(笑)。作者によって紡ぎだされるシンボルの織物を,ただただ茫然自失しながら眺めやるばかりです。

 ストーリーは,アヘン密造の秘密結社やら,ホモセクシュアルな人間関係と男女の愛憎,そして十二神将像と魔方陣を象った花壇に隠された秘密とはなにか,殺人者は誰か,そして登場人物のひとり・飾磨沙果子による推理の結末は,と,ミステリ仕立てになっていますが,どうやらそれは二の次のようです。絢爛たる織物のような文章で構築された異世界を味わうことの方が,むしろ楽しめる読み方なのかもしれません。かなり好き嫌いがはっきり出そうですが・・・。

97/05/07読了

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