ジョン・ソール『殉教者聖ペテロの会』サンリオSF文庫 1980年

 「まるでこの街では,何かが地中で起こっていて,地表に噴出しようとしているものの,それがはたせない,そんな感じがするんだ」(本書より)

 聖フランシス・ゼイビア学院で心理学を教えることになったピーター・バルサム。だが彼の赴任をきっかけとするかのように,学院では女子学生の自殺事件が立て続けに起こるようになる。保守的で排他的な街の住人たちは,ピーターに疑いの目を向ける。事件の背後に見え隠れする“聖ペテロの会”と,会を主催するモンセニョール・ヴァーノンの真意はいったい奈辺にあるのか・・・

 古本屋さんで見つけたときに,思わず「うきゃ!」と歓声をあげてしまいました。今はなきサンリオSF文庫中,記憶に残っている数少ない作品です(あまりSFの熱心な読者ではなかったもので^^;;)。またこの作者の作品を読むのもじつに久しぶりですね。初期の頃の粘液質な救いのないエンディングが魅力だったんですが(笑),なんだか途中から作風が少し変わったようなところあって,離れちゃったんですよね。で,この作者のデビュー第2作の本編,まさしくねっとり,じっとりの“ソール節”が堪能できる作品です。

 さて物語は,いくつかの主要な「場」が並行して描かれながら進んでいきます。ひとつは舞台となるアメリカの田舎町ネイルスヴィル。保守的で排他的な街の雰囲気は,新参者である主人公ピーター・ビルサムに対する有形無形の「圧迫」という形で表現されています。また離婚者や自殺者に対するカソリック的不寛容さは,ピーターの恋人で離婚経験者マーゴへの住人の態度,娘に対する親たちの姿勢などを通じて,じんわりと描き出されていきます。
 ふたつめは,聖フランシス・ゼイビア学院に通う女子学生たちの姿です。「仲良し四人組」の間での馴れ合いと確執,クラスのスケープ・ゴート的な存在マリリンに対する陰湿で執拗ないじめなどなど,彼らが有する,若さゆえのナイーヴさと残酷さが微細に描かれています。
 そしていうまでもなく,「核」となるのが,“殉教者聖ペテロの会”です。13世紀,苛烈な異端審問者として知られる「聖ペテロ」の名を冠する秘密結社に,ピーターは巻き込まれていきます。会の主催者モンセニョール・ヴァーノンは,いったいなにを目論んでいるのか? 学院の少女たちの連続自殺事件といかなる関係があるのか? 狂信的なヴァーノンの描写とあわせて,会の隠し持っている不気味さを,急ぐことなく,少しずつ少しずつ露わにしているところは,この作者お得意の手法と言えましょう。
 これらの「場」の中心に否応もなく投げ込まれるのがピーターです。これらの強力な磁力を持った「場」は,ピーターの心を徐々に犯していきます。それはときに明確な形を取って彼に襲いかかるときもありますが,むしろ,はっきりとした形を持たないがゆえに,より重圧感のある「雰囲気」として彼を圧迫していきます。
 その曖昧さ,不透明感こそが,この作品の−ひいてはこの作者の諸作品の−持っている独特のテイストではないでしょうか? たしかに,事件の奥底にあるのは,ヴァーノンの「悪意」であり「狂気」です。しかしその悪意や狂気が,具体的にどのような因果関係を持って事件を,恐怖を引き起こしているのか,その一部は語られるものの,全体像は深い闇の中に没しています。けっしてつかむことはできないけれど,その圧迫感によって,たしかに存在することが明らかな「なにか」。それを作者は,主人公を取り巻く「場」の雰囲気を十重二十重に重ね合わせ,ピーターの心へと浸透させていくことで,描き出しているように思います。

01/10/07読了

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