池宮彰一郎『受城異聞記』文春文庫 1999年

 「臆病,は恥ではない。臆病に徹し得ないから恥なのである」(本書「おれも,おまえも」より)

 5編を収録した短編集です。

「受城異聞記」
 幕府の,飛騨高山城受取りの命は,大聖寺藩に恐るべき苦難をもたらした・・・
 もうずいぶん前になりますが,金沢に一時期住んでいたことがあります。北陸の雪は,北海道のパウダースノウなどと違って,湿気を帯びており,吹雪の中を歩こうものなら,まといつく雪のために,しだいしだいに身体が重くなっていきます。そんな経験があるせいでしょうか,真冬の白山を越えるという難行に苦闘する,本編の主人公たちの姿は,妙にリアルに感じられます。その苦闘の果ての無惨な結末は,非情な政治力学の中で翻弄される武士の哀しさ,やりきれなさを浮き彫りにしているように思います。
「絶塵の将」
 極貧の少年時代から,その力量でのし上がった戦国武将・福島正則がたどった運命とは・・・
 戦国から泰平の世へ,求められる人材が豪傑英雄から有能な官僚へと変わっていく時代の流れを,福島正則の変転を描きながら,活写しています。それにしても,江戸時代の武士たちをしてさまざまな悲喜劇に直面させた公儀の倫理観「君,君たらずといえども,臣,臣たらざるべからず」が,偽書に由来するというのは,なんとも皮肉ですね。
「おれも,おまえも」
 徳川家康と呉服屋・茶屋四郎次郎・・・ふたりとも大の臆病者であった・・・
 「弱さ」も突き詰めると,ひとつの「強さ」になるというお話です。ときに歴史は,剛勇な者よりも柔弱で臆病な者に微笑むのかもしれません。本編を,一風変わった家康観と思うのは,わたしの歴史小説に対する造詣が浅いせいでしょうか?
「割を食う」
 「鍵屋の辻の決闘」・・・それはすべての人が「割を食った」事件だった・・・
 小説と言うより評論と呼んだ方がいいような作品です。評価の対象である,荒木又右衛門鍵屋の辻の決闘も,名前だけしか知らないわたしとしては,いまひとつ論点(?)がつかめませんでした。ただこういった「物語」の背後に隠れているものを見つめる眼差しは,この作家さんの持ち味のひとつなのでしょうね。
「けだもの」
 同心・三刀谷孝吉は,凄惨な強盗殺人事件の犯人として捕まった男は無実ではないかと考え・・・
 前4編が歴史上の事件や人物を素材とした「歴史小説」とするならば,本編は,主人公に虚構の人物を配した点で「時代小説」と呼ぶべきなのかもしれません。しかし,江戸時代の強固な社会システム−越すに越されない「士農工商」という身分制,体面と「御威光」の保持に汲々とする官僚制など−の前に挫折し,復讐を敢行する人物を通じて,その「時代」を描き出しているところは,「歴史小説」と呼んでも差し支えないかもしれません。ミステリアスな展開と鬼気迫る結末,本集中,一番楽しめました。

01/05/15読了

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