小林泰三『人獣細工』角川ホラー文庫 1999年

 短編2編,中編1編を収録しています。

「人獣細工」
 医師である父は,病弱な“わたし”にさまざまな移植手術を行った。そして父の死から1年経って,“わたし”は父の真意を知ることになる…
 自己のアイデンティティに対する不安―“わたし”はどこから来たのか? どこにいるのか? どこへ行こうとしているのか? そして“わたし”とは何者なのか? 年がら年中考えているわけではないにしろ,そんな不安と疑問は,常にわたしの心の奥底に息づいているように思います。そしてそれが,わたしの「記憶ものホラー」と呼んでいる作品群に対する愛着の由来なのかもしれません。
 この作品も,そういった「自己のアイデンティティに対する不安・疑問」をあつかったホラー作品ではありますが,「記憶もの」とは異なり,「異種間移植手術」というフィジカルな,そして現代的なモチーフを取り入れている点に特徴があると言えるでしょう。たしかに,似たようなテイストの作品は,SFなどで,「サイボーグの苦悩」として描かれる場合も多々ありますが,「移植手術」「遺伝子操作」といった,わたしたちにとって,けして馴染みがないわけではない技術によって描き出されているため,多少の誇張があるとはいえ,SF作品よりも,想像力の範囲内におさまる分だけ,より一層おぞましさを引き出すことに成功しているのではないでしょうか。
「吸血狩り」
 “僕”が,はじめて吸血鬼を見たのは8歳の夏だった…
 主人公のモノローグで構成された作品です。結末は予想できる部分がありますが,少年の,年上の従姉に対する幼い恋心,幼いがゆえに一途で,エスカレートしていく狂気が,じわじわと伝わってくる物語です。ただ,「なぜ“吸血鬼”である青年が,ああいう態度をとったか?」というあたりの伏線があれば,より一層良かったかもしれません。
「本」
 小学時代の同級生たちに送られてきた1冊の「本」。それがすべてのはじまりだった…
 送られてきた「本」の内容と,それに触れたことで悲劇に巻き込まれる主人公たちの姿が交互に描かれてながら,ストーリィは展開していきます。主人公が,「呪い」の契機を探り出そうとしていくところは,どこか鈴木光司『リング』を連想させます。「本」の中で語られるペダントリックな文章もなかなか面白いですし(コンピュータのハードウェアとソフトウェアを「共生関係」としてとらえるあたりなど,とくに),主人公たちの焦りなどサスペンスフルな展開で楽しめたのですが,最後になって,話が妙に「大きく」なってしまったところや,メタ・フィクション的なエンディングは,個人的にはいまひとつの感じが残ってしまいました。

00/01/06読了

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