サラ・パレッキーほか『探偵稼業はやめられない−女探偵vs.男探偵−』光文社文庫 2004年

 「絶対にひどい間違いをしないためには,決断をつけるまでにとってもとっても長い時間がかかるだろう」(本書「消えた死体」より)

 光文社刊行の雑誌『ジャーロ』に訳出された短編12編を収録,「『ジャーロ』傑作短編アンソロジー」の第1集です。サブ・タイトルにあるように,女性探偵もの6編,男性探偵もの6編という体裁になっています。おそらく多くがシリーズ・キャラクタなのでしょうが,わたしの知っているのは,V・I・ウォーショースキー,サム・ホーソン,マット・スカダーの3人といった程度です(^^ゞ

サラ・パレッキー「フォト・フィニッシュ」
 15年前に失踪したカメラマンの父親を捜してほしいと依頼されたヴィクは…
 世界的に有名な,ある「事故」を素材とした作品です。この作者が,こういったタイプのものを描くのか,とちょっと驚きましたが,もしかすると,その無惨な「事故」に対する,同じ女性としての作者のやり場のない憤りが,「核」となっているのかもしれません。ただミステリ的には,伏線が見え見えなのが難。
マイクル・コナリー「空の青(シエロ・アズール)」
 死刑執行直前の殺人犯に,“私”が面会しに行く理由は…
 ストーリィ展開は,トマス・ハリス『羊たちの沈黙』をなぞったような感じがしないではありませんが,物語の「核心」はそこにあるのではなく,ラストで明かされる「面会の理由」と,それがもたらす事件の救いようのない「暗黒面」にこそあるのではないでしょうか。
ジャン・グレーブ「スカーレット・フィーバー」
 ストリッパーに惚れた青年から,彼女の行方を捜すよう依頼され…
 「純朴な青年」と「蓮っ葉な商売女」と悲劇は,エンタテインメント小説の「元型」とでも呼べるようなモチーフなのでしょう。その中にあって,「探偵」とは,悲劇を誘発するファクタとしての役回りを担わざるを得ないのかも知れません。
ジェレマイア・ヒーリィ「噛み合わない視線」
 自分をつけ狙うストーカーを脅してほしいという依頼。“容疑者”は3人…
 タイトルの「噛み合わない視線」は,表面的には,エリート・キャリア・ウーマンとストーカーとのそれなのでしょうが,二重三重の意味−たとえば元ヴェトナム兵士の矜持と,それを知らない女との間の時代的なそれなど−が重ね合わされているように思えます。探偵は,その「噛み合わない」ことを知ることはできても,「噛み合わせる」ことはできないのかもしれません。
キャロリン・G・ハート「ほぼ完璧な殺人」
 ヘンリー・Oに電話した直後,その古い知り合いは“事故死”した…
 なんともアグレッシブなおばちゃまです(笑<こんなこと書いたら,それこそヘンリー・Oに怒鳴られそう^^;;) そんなキャラクタに引っ張られながら,現在の事件と20年前の事件とが輻輳しながらアップテンポに展開していくところは,サクサク読めて気持ちよいです。
エドワード・D・ホック「動物病院の怪事件」
 新しくオープンした動物病院で,不可解な状況で猫が殺され…
 オランウータンに密室殺人(殺猫?),おまけにA・クリスティという女性キャラまで登場するという,遊び心にあふれた1編。不可能犯罪,ユーモアのあるテンポのよい展開,丁寧に引かれた伏線,ミスリーディングなど,サム・ホーソン・シリーズならでは仕上がりとなっています。
マーシャ・マラー「温泉は飛行機で」
 毎月,最終水曜日に飛行機をチャーターする,ふたりの女の秘密は…
 日本で言えば「ライト・ミステリ」といったノリの作品ですね。軽快なストーリィ展開でサクサク読めますが,ラストのツイストには,もう少し伏線のほしいところ(「伏線らしき」ものはありますが,探偵がなぜ勘づいたか,そこらへんをもうちょっと…)
ジョゼフ・ハンセン「懺悔」
 工事現場で発見された遺骨は,2年前に“失踪”した人妻の他殺体だった…
 本編の「ミソ」は,神父が信者の懺悔の内容を主人公に告げる点にあるのでしょうが,日本人(というか非キリスト教徒)には,いまひとつその重大さみたいのが感得できませんね。あとはオーソドクスな私立探偵ものといった感じです。
S・J・ローザン「十一時のフィルム」
 裁判で無罪となった殺人容疑者の再調査を依頼され…
 女性探偵とともに,民族的マイノリティの探偵は,昨今のアメリカで流行しているそうです。中国系の女性探偵を主人公とした本編も,その流れのひとつなのでしょう。そしてそれは,ステレオ・タイプの「女性」や「民族性」のイメージを否定するという側面もあるのかもしれません。
ローレンス・D・エスルマン「南部の労働者」
 夫からの依頼を受けて,妻の浮気現場を確認した“私”だが…
 「状況証拠真っ黒」の依頼人を,どのように救うか,というストーリィをテンポ良く描いています。それにしても,いまだアメリカ南部には,こんな「マッチョ伝説」が生き残っているのでしょうかね?
ジャネット・イヴァノヴィッチ「消えた死体」
 “あたし”たちが見つけた死体は,わずか30分の間に消えてしまい…
 主人公がバウンティ・ハンター(賞金稼ぎ)というところが,いかにもアメリカですね。主人公と相棒ルーラ,ファンキィな(笑)おばあちゃんの軽快なやりとりが楽しめます。途中でカーチェイスを入れたり,ほろ苦いラストとか,サービス精神旺盛で,それがちょっと「2時間ドラマ」的な感じもしますが。
ローレンス・ブロック「レッツ・ゲット・ロスト」
 呼ばれた“私”を待っていたのは,4人の男と刺殺体だった…
 スカダーが,悪徳警官時代を思い出す,という形で描かれた作品。その「悪徳ぶり」を描きながらも,そこにもうひとひねり加えているところが,この作者らしいところです。小気味よい会話や文体は,まさに自家薬籠中のものです。

04/04/18読了

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