坂東眞砂子『蛇鏡』文春文庫 1997年

 婚約者の広樹とともに故郷の奈良に帰省した玲は,蔵の中で1枚の青銅の鏡を見つけた。蛇の姿を鋳出したその鏡は,7年前,首吊り自殺した姉の足下に置かれていたという。その日から,玲は憑かれたように鏡を磨きはじめる。曇った鏡面に浮かび上がる影はいったい? 一方,付近の神社と遺跡でも異変が・・・。そして年に1度の“みぃさんの祭り”の日がやってくる・・・。

 作者お得意の「土俗ホラー」です。今回のネタは古代の青銅鏡。太古,青銅鏡は死者とともに墓に埋められ,また霊山・羽黒山の池には奉納された膨大な数の鏡が沈んでいると言います。西洋でも合わせ鏡で悪魔を呼び出しますし,白雪姫の母親は「鏡よ鏡」と呼びかけます。
 古今東西,鏡というのは,なにかこの世ならぬ不思議な力を秘めていると考えられているようです。それはきっと,鏡が“世界”を映し出すことによって,もうひとつの“世界”を創り出す力があるからかもしれません。鏡に映し出されたもうひとつの“世界”をのぞき込むことで,人は,現実から飛翔する想像力を働かせるのではないでしょうか。

 物語は,広樹との関係に心揺れ動く,遺跡で蛇の形をした溝を発掘する一成(玲はかつて彼に恋していました),蛇神の復活を畏れ,阻止しようとする神官高遠,青銅鏡に密かに執着する霧菜,と,複数の人物の行動と思惑を追いつつ,さらに姉の自殺の謎と青銅鏡が秘めるいにしえの蛇神信仰が,さながら蛇のごとく,メインストーリーに絡んでいきます。
 物語は,各登場人物の行動を短いシーンを交互に積み重ねるように描き出しながら,青銅鏡の謎がすべて明らかになるクライマックスへと収束していきます。その展開はテンポよく,ぐいぐいと引っ張られていきます。また姉の自殺と青銅鏡をめぐっての謎解き的な側面もあり,緊張感があります。ところどころに配された不気味なシーンも印象的です。とくに鏡面から白い手が出てきて,主人公を差し招くシーンは,思わず“ぞくり”としました。想像するとむちゃくちゃ怖いシーンです。
 そしてラスト,高遠は,蛇神の復活はなかったと安心しますが,その復活はけっして目に見えるような暴力的で破壊的なものではなく,もっと静かに,そして密やかに忍び込んでくるようなものであることを匂わせて,物語は幕を閉じます。ほんとうの恐怖はこれから始まるとでもいうかのように…クライマックスの後にもうひとひねりあるのは,ホラー小説のパターンといえばパターンですが,こういった余情あふれるエンディングはけっこう好きです。
 『死国』『狗神』『蟲』といった「土俗ホラー」系の坂東作品は一通り読みましたが,そのシリーズ(?)の中では一番おもしろかったです。

 ところで,主人公の心の揺れ動き,とでもいうのでしょうか,個人的にはちょっと身勝手な気がしないでもありません。もっとも広樹の方もけっこう身勝手ですから,どっちもどっちですかね(^^;

97/06/15読了

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