菊地秀行『異西部の剣士 ウェスタン武芸帳1』ソノラマ文庫 1986年

 フランス軍の全面的バックアップを受けた徳川幕府の前に,長州・土佐は屈服,薩摩も鳥羽伏見の戦いで敗走する。“幕末”は来なかった…しかし,幕閣が恐れるひとりの男が,イギリス軍艦に乗り,ひそかにアメリカに渡った。男の名は坂本龍馬。新撰組一番隊長・沖田総司たちは,京都守護職・松平容保の命を受け,フランス潜水艦に乗り,龍馬を追う…

 時代劇&西部劇&SF&オカルト&伝奇&ホラー&ヴァイオレンス&アクション&&&………要するに,この作者お得意の,なんでもアリ,ハチャメチャ・ワールドであります(笑)
 小説は知りませんが,日本の“サムライ”が,大開拓時代(って,あまり好きな言葉じゃありませんが)アメリカ西部を舞台にして,ガンマン相手に大立ち回り,という映画は,何作か見たことがあります(三船敏郎チャールズ・ブロンソン主演の『レッド・サン』なんてのがありました)。
 本作品も,その路線を踏襲するものといえなくはありませんが,しかし,この作者ですから,ただでは済まない。まずは「世界」そのものを大きく作り替えてしまいます。まずは徳川幕府が滅びません。長州の桂小五郎池田屋で斬殺され,土佐城は幕府軍の攻撃で壊滅,薩摩の西郷隆盛もまた鳥羽伏見の戦いで敗走します。その幕府の進撃の背後にはフランスがいるのですが(これは歴史的事実ですね),そのフランスがフランスじゃない(笑) 不徹底に終わった革命(これがじつは魔術戦!)の後,フランスは強大な軍事国家に変貌,幕府に機械人間兵を貸したり,また沖田総司たちをアメリカまで運ぶのに,潜水艦“ヴェルヌ”を使ったりします(ジュール・ヴェルヌ『海底二万里』が刊行されたのが1869年。ほぼ「同時代」です)。さらに総司たちがたどり着くアメリカは,南北戦争ならぬ東西戦争の直後,ということで,いわゆる「大西部」はほとんど無法地帯。おまけにティラノサウルスやら,体長15mの巨大サソリがうようよする「ロスト・ワールド」と,もうこの世のものとは思えません(笑)
 つまりは,単に「西部劇」の中に「サムライ」を配置する,といった設定ではなく,まさに「異形化したパラレル・ワールド」での冒険活劇となるわけです。ある意味,世界そのものを「魔界都市・新宿」にしてしまったとも言えましょう。
 それゆえ,主人公である沖田総司は沖田総司ではなく,坂本龍馬も坂本龍馬ではありません。総司は総司で,殺人狂でサディスト,そして超人的な剣の使い手である一方,龍馬も,不可思議な幻術を使ったりします(沖田総司が,その内面(?)にドッペルゲンガーを抱え込んでいるという設定もおもしろいですね)。そして出てくる他の連中も,怪しげな妖術を使いこなすチャイニーズ・マジシャンやら,極悪非道の中国人ボス,ついには「棺桶の中に土を敷いて運ばれてきた男爵」と,もう「あれ」しかありません!といった,この作者が大好きなキャラクタまで登場し,まさに「怪人」「魔人」のオンパレード,彼ら同士の尋常でないバトル・フィールドといった趣があります。この作者の独壇場と言って過言ではないでしょう。
 ですから,この作品を読むにあたっての心構えは,「固有名詞にこだわってはいけない」ということです(笑) 沖田総司とか坂本龍馬,土方歳三といった,歴史的な固有名詞がいくら出てこようと,それに気をとられていたら,この作品は楽しめません^^;; 彼らは,歴史上の人物に仮託されたドクター・メフィストであり,十六夜京也であり,秋せつらなのです。くれぐれも「時代小説」に求めるものを求めないでください(<んなやつはいないって!(笑))

 ところで本書に収められた3編は,JETによって『ウェスタン武芸帳』(朝日ソノラマ)としてマンガ化されています。そのマンガ版の原作者による「あとがき」によれば「アリゾナの剣銃嵐」「無法街決闘伝」と続いている様子。また古本屋さんで探してみましょう。

02/08/04読了

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