ジェシー・ダグラス・ケルーシュ『不死の怪物』文春文庫 2002年

 「死者ほど生なましく生きているものはありませんわ」(本書より)

 イングランドの名家ハモンド一族…その千年以上に及ぶ繁栄の背後には,しかし,歴代の当主が<不死の怪物>によって惨殺されるというおぞましい歴史が隠されていた。そして現当主オリヴァーもまた<いかずち塚の杜>で怪物に襲われ,死に瀕する。彼の妹スワンヒルドの依頼を受けて,美貌の霊能力者ルナ・バーテンデールが明らかにしたハモンド家の呪いとは?

 翻訳は今年2002年ですが,初出は80年前,1922年です。古典的怪談からモダン・ホラーへと流れる,ちょうど中間あたりに位置づけられるような作風が感じられます。
 古典的怪談の共通性といえば,たとえば舞台設定。千年以上の家系を誇る名家,歴代の当主が謎の<不死の怪物>によって惨殺されるという血塗られた歴史,<いかずち塚の杜>に伝わる不気味な伝説,黒魔術師をめぐるエピソードなどなど,ヨーロッパ的な「歴史の闇」がふんだんに取り入れられています。またラストで明かされる「恐怖の核心」も,まさに古典中の古典的な素材といえましょう。

 一方,そのようなオーソドクスなネタを用いながらも,その描き方は,現代作品に通じる手法が見られます。たとえばオープニング。物語は,ハモンド家の陰惨な歴史に軽く触れながらも,まずは事件の発生から始まります。古典怪談にありがちな,もってまわった「前振り」を排し,ショッキングなシーンを最初に「ポン」と投げだし,そこからお話を転がしていくため,ストーリィ展開にスピード感があります。
 あるいはまたクライマクスでも,ハモンド家現当主オリヴァーと友人ゴダードの視点と,主人公ルナ・バーテンデールスワンヒルドの視点を交互に描きながら,緊迫感を盛り上げているところは,すぐれてサスペンス小説的な手法と言えましょう。

 もうひとつの特色は,キャラクタ造形,とくに生き生きとした女性キャラの造形にあります。美貌の霊能力者バーテンデールはきわめて理知的な女性です。怪異を眼前にしながら,彼女はつねに冷静な態度を崩さず,あくまで理詰めで事件の核心へと迫っていきます。そのミステリ小説における「名探偵」的なスタンスを女性が担っている点,1920年代という発表の年代を考えるとユニークなのではないでしょうか。
 それともうひとり,スワンヒルドのキャラクタも見逃せません。冒頭部,兄オリヴァーの危機を聞いた彼女は,軍用リヴォルバーをバックルに挟み込み,自動車を駆って<杜>へと兄救出へ向かいます。その果敢さ,力強さは古典怪談における女性像−怪異を前にしてすぐに失神してしまうような−とは,まったく異質なものです。

 そのほか,「四次元」「五次元」といった用語や,催眠術による「遺伝的記憶」の再生といった,(おそらく当時としては)科学的な手法を,重要なアイテムとして取り入れており,そう言った点でも「古典性」と「現代性」との融合が見られるように思います。
 ゴシック・ホラーともモダン・ホラーとも一味違う,独特のテイストのホラー作品として楽しめました。ただ最後の最後,もっともスペクタクルあふれるシーン,バーテンデールのセリフではなく,オリヴァーの「目で見た光景」として描き出せば,もっと迫力があったのではないかと思います。映像化されたら,すごい迫力があるでしょうね。

 ところで帯にある「ハリー・ポッターを生んだイギリス幻想文学界,幻の傑作!」って……そりゃ,けっして間違いではないにしろ,イギリスには怪談,ホラーの伝統も根強くあるんですから……惹句としては,はっきり言って品がありませんな。

02/02/24読了

go back to "Novel's Room"