笠井潔『梟の巨なる黄昏』廣済堂ブルーブックス 1996年

 売れない中年作家・布施朋之は,泥酔してホテルで目覚めた翌朝,かたわらに1冊の本が置かれていることに気づく。本の名は『梟の巨なる黄昏』。異端の作家・神代豊比古が書いた,この幻の小説には恐るべき秘密が隠されていた。この本を手にしたとき,布施や,彼の妻・和子,そして布施の友人・宇野明彦は,破滅への道を歩み始める・・・。

 この作者は,よかれ悪しかれ,理詰めでものごとを考えていく理知的な作家さんなのではないかと思います。
 本作品は,謎の小説『梟の巨なる黄昏』によって,心の奥底に隠し持っていた狂気や殺意が触発され,破滅していく人々を描いたサイコ・サスペンスです。作者は,そんな登場人物の狂気や殺意を,彼らの幼年時代や親子関係まで遡って,浮き彫りにしていきます。たとえば主人公のひとり・布施朋之は,父親の不在,吝嗇な母親との確執などが,彼の幼児的なエゴイズムの淵源として描かれています。いずれの登場人物についても同じような描き方をしています。
 その描写の仕方は,登場人物の心を分析し,解剖しているような印象を受けます。ときには,個人としての登場人物を超えて,「戦争」や「愛」といった,より一般的な概念までも含めて,彼らの心を説明しようとしています。
 しかし,そういった,いわば「腑分けされた狂気」が,読者に対する「恐怖」へとつながるわけでは,必ずしもありません。精緻に描かれた人体解剖図が,たとえ気持ち悪いものであったとしても,それが白日の下で見られたら,必ずしも恐怖を人に与えるわけではない,ということに似ています。狂気が,理詰めの「理」を超えたところ,はずれたところにあるがゆえに,「理」だけでは説明しきれないがゆえに,人に恐怖を与えるのだとするならば,「腑分けされた狂気」は,狂気によく似ていてながらも,狂気の本質(うわ,いやな言葉だ!)とは異なっているのかもしれません。
 この作者の文章は,本格ミステリや評論などには適したものであったとしても,サイコ・サスペンスには馴染まないものなのかもしれません。う〜む,いまいちでしたねぇ。

98/03/31読了

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