北村薫『覆面作家の愛の歌』角川文庫 1998年

 「覆面作家シリーズ」の第2弾です。本書では,新妻千秋を見いだした『推理世界』編集部の左近先輩が,駐在員としてアメリカに去ったのと入れ替わりに,新しいキャラクタが登場します。ライバル誌『小説わるつ』の「歌って踊れる」編集者・静美奈子。彼女の役回りは,どこか千秋の“お姉さん”みたいなところのようで,岡部良介の双子の兄・優介と,いつのまにやらゴニョゴニョの関係になっていきそうですので,良介&千秋コンビにも刺激になるのではないでしょうか?

 ただ,本書,そういったシリーズものの展開として,ふたりの恋の行方は楽しみなのですが,ミステリとしては,どうもいまひとつ楽しめませんでした。たしかに,一見なんてことのない出来事の背後に,独特の感覚でもって“意外性”を明らかにする名探偵・千秋の姿は,このシリーズの魅力のひとつなのですが,どうしても「なんでわかったの?」的な部分が残ってしまいます。

 たとえば「覆面作家のお茶の会」では,人気のあるケーキ屋さん“パティスリー・スズミ”の先代主人の突然の引退をめぐる謎を,千秋が解き明かすします。それも,その話を伝えた静の言葉だけから解明するというアームチェア・ディテクティブ的な鮮やかさがあります。でも結局,なんで千秋が「ことの真相」に気づいたのか,というところがはっきり描かれておらず,もやもやしたものが残ってしまいました。

 また「覆面作家と溶ける男」では,続発する幼女誘拐殺人事件を千秋が解決します。このエピソードでは,いったん明らかにされたと思われた“真相”を,同じ情報でもって,千秋がまったく異なる“絵”を描き出すところに面白味があるように思います。「ほのぼの系」が一転「サイコ・スリラー」へと転換するギャップの面白さもあるのでしょう。最後に千秋が,事件の真相を解き明かすきっかけを「素直に考えられるのは,それしかないと思いました」というんですが,う〜む,そんなに「素直」かなぁ???
 ところで本作品の冒頭で,“ミステリ界の貴公子”こと「安達行彦」と,“姫”こと「宮前みつ子」の対談,というのが出てきます。「宮前みつ子」のモデルは宮部みゆきじゃないかと思うのですが,「安達行彦」のモデルは京極夏彦でしょうか? 京極夏彦→妖怪→安達が原の鬼婆→安達行彦,という風に連想したのですが・・・。

 最後のエピソード「覆面作家の愛の歌」は,小劇団のスター女優・河合由季が殺害され,容疑者には完璧なアリバイがある,彼女のフィアンセの依頼で,千秋は容疑者・南条弘高のアリバイ崩しに挑む! という作品です。これまでが「事件に首を突っ込む」的な展開だったのに対し,このエピソードでは,「名探偵・新妻千秋」という設定が前面に押し出されている点で,前2作とは,ちょっと趣の異なる作品のように思います。トリックが凝っていて,理解するのが大変ですし,そのトリックを解明してしまう千秋のおつむの構造を理解するのは,もっと大変です(笑)。でも「きみ達に特大の接吻を贈るよ。しみったれたSSサイズじゃあない,大きな大きなLLサイズだ」という,一見心温まるセリフに隠された“悪意”の謎解きは,ニヤリとさせられました。

 本シリーズは,第3作で完結とのこと。ようやく,どさくさまぎれに××までたどり着いたリョースケ,さてふたりの恋の行く末は如何?

98/05/24読了

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