北村薫『覆面作家は二人いる』角川文庫 1997年

 ペンネーム「覆面作家」の正体は,豪邸に住む深窓の御令嬢・新妻千秋。「借りてきたネコのように」おとなしく内気なこのお嬢さん,じつは家を一歩出ると「サーベルタイガー」のように活動的なボーイッシュ・ガールに変身してしまう特異体質。おまけにやたらと頭が切れる。奇妙な事件を不思議な思考法で解いていく名探偵。彼女の担当編集者・岡部良介とともに,彼女が出会う3つの事件をおさめた短編集。

 いまやこの作者の代表的シリーズとなった「覆面作家シリーズ」の最初の作品集です。しかし,この主人公・新妻千秋のキャラクタは,けっこう好き嫌いがはっきり出るのではないでしょうか? うかつに声をかけられないほどの「深窓の令嬢」と,気安くつき合える「ボーイッシュ・ガール」というのは,じつは男性が持つ女性の理想型の2タイプみたいなところがあって,その両者を兼ね備えているこの主人公は,男性側にとって,なんとも都合のいい設定のように思えます。だから,それに魅力を感じるか,あるいは一種のいやらしさを感じるかは,人によって分かれるところなのかもしれません。例えとして適切かどうかわかりませんが,かつて男性が女性に「居間では淑女,寝室では娼婦」という二面性を求めたことと,どれだけ違いがあるのかなぁ,と思わず勘ぐってしまいます。

「覆面作家のクリスマス」
 岡部良介と,その双子の兄で刑事の優介が住む家,その脇に建つ名門女子校で起きた殺人事件。現場からはクリスマス・プレゼントだけが盗まれて…
 シリーズ最初の作品というせいもあってか,登場人物や状況の描写にずいぶんウェイトを置いているようで,メインとなる“謎”は比較的シンプルな感じがします。まあ,それをアームチェア・ディテクティヴ風に,サクっと真相を解くことで,このシリーズ・キャラクタの性格を鮮やかに浮かび上がらせる手腕は,さすがだなと思いました。
「眠る覆面作家」
 誘拐された小学生・夕子ちゃんの身代金引き渡しに選ばれた場所は水族館。張り込みに来ていた兄・優介と千秋が出会ったことから…
 「奥さん」と「母親」の推理はちょっと妄想的かなぁという気もしますが,「プチ」にはニヤリとさせられました。また事件の解決方法は,なかなか味わいがあって,余韻があります。「目白の方がより鶯であることもある」というのもいいですね。
「覆面作家は二人いる」
 編集部の先輩・左近雪絵の姉・月絵はデパートのガードウーマン。防犯シールが貼ってあるはずのCDの万引きが立て続けに発生し…
 「なぜ防犯ブザーの鳴った女子高生が,CDを持っていなかったのか?」という謎解きは,発想の転換でおもしろかったですが,多少アンフェアのような気がしないでもありません。でも雪絵の娘・花絵の方の「謎」の謎解きは,楽しめました。それにしてもこの作者のギャグ(「車庫に帰るトラックのようだ」など)は,いかにもガッコーのセンセーが思いつきそうなものですね(笑)。

97/12/09読了

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