筒井康隆『富豪刑事』新潮文庫 1984年

 某地方都市の警察署の新米刑事・神戸(かんべ)大助。一見普通の刑事だが,その父親・神戸喜久右衛門は大富豪。彼もまた,キャディラックを乗り回し,1本8500円の葉巻を惜しげもなく途中で投げ捨てる。そして湯水のごとくお金を使い,難解奇怪な事件を解いていく富豪刑事だった・・・。

 電悩痴帯の読書会チャットのために読んだ1冊です。富豪刑事を主人公としたシリーズ4短編を収録しています。
 大昔にハードカヴァアで読みましたが,基本的な設定と「密室の富豪刑事」をかすかにおぼえている程度で,あとはきれいさっぱり忘れていました。

「富豪刑事の囮」
 7年前に起こった5億円強奪事件の時効まであと3ヶ月。苦心の末,4人まで容疑者は絞り込めたものの,決め手がない。そこで富豪刑事はとんでもない“罠”をしかけることに…
 複数の容疑者に罠を仕掛けて,真犯人をあぶりだすというのは,ミステリでは常套手段ではありますが,それを「金にあかせて」やってしまうところが,この作品の味噌でしょう。行変えせずにシーンを連続させていくところは,映画やコミックなんかでよく見られる手法ですね。最初戸惑いましたが,映像として想像しながら読むと,なかなか楽しいです。本シリーズは,登場人物の姿格好を映画俳優で比喩するところが多く見られ,作者はかなり意識しているのかもしれません。
「密室の富豪刑事」
 密室状態で焼死した会社社長。殺人事件と思われ,容疑者もひとりに絞り込めたに関わらず,犯行手段がさっぱりわからない。富豪刑事は,被害者と同じシチュエーションを再現して…
 この作品はとにかく印象的でした。被害者と同じ密室に探偵が泊まったりして(事前にさりげなく犯人に,自分がことの真相を解き明かしていることを伝えたりして),犯人を誘い出す,というのもよく見かけますが,まったく同じシチュエーションを,またまた「金にあかせて」作り上げてしまう,という発想がなんとも痛快ですね。
 トリックは,残念ながらおぼえていて,その点は楽しめませんでしたが,この作品では,作中人物が「読者の方へ向きを変えて」,「読者への挑戦状」を叩きつけるところなどが,じつにこの作者らしい手法で楽しめました。
 本シリーズの中で,富豪刑事という設定とミステリが一番巧く結びついた作品ではないでしょうか。
「富豪刑事のスティング」
 町工場の社長の息子が誘拐された! 警察に届けず500万円奪取された被害者のもとにふたたび500万円の要求。富豪刑事たちは,犯人に罠を仕掛けるが…
 この作品は,富豪刑事が,身代金を払いきれない被害者に変わって,「籠抜け融資」で金を貸すというところに“富豪刑事”としての設定が生きていますが,どちらかというと,タイトルにあるように“スティング”的おもしろさの方に重点が置かれているようです。この場合の“スティング”は,富豪刑事が犯人を「ひっかける」ことを意味すると同時に,作者が読者に対してほどこした“仕掛け”の意味も含んでいるようです。一種の“叙述ミステリ”的な味わいもあります。
「ホテルの富豪刑事」
 ふたつの広域暴力団が談合するという情報に色めき立つ警察。警備に万全を期すため,富豪刑事は,暴力団員全部をひとつのホテルに泊めてしまうことを提案する…
 「閉ざされた状況」を強引に作り出してしまうところがおもしろいです。また「その物語は別のところで語られるであろう」的な表現というのは,これまたミステリの常套句ではありますが,それを何度も何度も繰り返しているところに,パロディとしてのおもしろさも味わえます。またシリーズものとして変に欲を出さず,むしろシリーズものそのものをパロディ化するようなエンディングも「にやり」とさせられます。
 ただトリックとしてはいまいちでした。

98/02/21読了

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