志水辰夫『滅びし者へ』集英社文庫 1996年

 石黒義彦は,かつて陶芸家・長倉英臣の娘・智子との結婚を拒絶されたのを契機として,みずからも陶芸家の道を目指し,わずか3年で頭角を現すようになる。それはみずからの内なる能力の現れのほんの一端にしか過ぎなかった。そして天堂宗灯主・滋野弥生との出会いののち,何者かが彼の命を狙い始める。急速に開花する秘めたる力で,彼は襲撃をかわしつつ,その原因がみずからの出生にあることを知る。そして彼の行き着くところで,くり返し起こる惨劇。自分の持つ「力」とはなんなのか,そして自分は何者なのか,探索の果てに彼が見いだしたものは?

 最初は,サスペンスもののような感じです。自分の出生をめぐる秘密,そして謎の襲撃者。つぎはSF仕立て。覚醒した「力」を駆使しつつ,襲撃者と対決していきます。そして彼が行き着いた先は,一種の伝奇小説。みずからの力の源泉が,はるかなる太古から受け継がれてきた一族の血によるものであった・・・。とにかくサスペンス,SF,伝奇と,てんこ盛りです。おまけに襲撃者を背後であやつるものは何者か,といったミステリ的な色合いももってます。だからそれはそれでおもしろいのですが,これだけネタというか小道具がたくさんあると,読んでいる方も,どのモードにあわせたらいいのか,少し戸惑ってしまいます。伝奇なら伝奇で,通俗的な偽史みたいのじゃなくて,もう少し書き込んでほしい気もするし,その中途半端な偽史めいた伝奇性が,ぎゃくにサスペンスの盛り上がりを殺いでいるような気もします。結局,これだけネタをつめ込むには,文庫本400ページというのは,少し短かすぎたのではないでしょうか。

 それと主人公の苦悩はわかるんですが,なんかこの主人公は分裂気質みたいで,どうも落ち着きがありません。それも,主人公を「超人」にしたてあげるための,黒幕の策略なのかもしれませんが,あるときはあからさまに「バカ」ですし,またあるときは冷酷な支配者になろうとするし,はたまたあるときは,みょうに宗教家じみた諦念のようなもの語る,といった具合です。こういう主人公の足取りを追っていくというのは,けっこう疲れます。

1997/03/30読了

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