鈴木光司『仄暗い水の底から』角川ホラー文庫 1997年

 「東京湾」をモチーフにした連作ホラー短編集です。ところで,鈴木光司の作品は,「カルトホラー」と呼ばれていますが,「カルトホラー」というのは,どういう意味なんでしょう? ご存じの方,ご一報ください。

「浮遊する水」
 夫と別れ,埋立地のマンションに移ってきた淑美。屋上で娘の郁子が,子供用のバッグを見つけたことをきっかけとして,彼女の周囲に不可解な出来事が…
 ネタはときおり見かけるものですが,それを主人公の妄想とも現実もつかぬ形で描き出すことにより,恐怖感を高めています。また主人公を神経質で潔癖性的な性格に設定しているのも,効果的です。
「孤島」
 死んだ友人が,9年前に女を置き去りにしてきたという第六台場。そこを訪れた謙介が見たものは…
 “異界”“魔界”というのは決してはるか彼方にあるものでもなく,また超常的な力によってつくられるものではない。そんな怖さ,不気味さを描いています。ただ友人の死に際の微笑の理由は,あまり納得できません。ふつう満足するか?
「穴ぐら」
 漁師の稲垣裕之は,息子とともに,朝から姿を消した妻を探すのだが…
 平凡な光景で始まった物語は,次第次第に陰影を深めていき,最終的に暗闇へと落ち込んでいきます。救いがあるのかないのかわからないエンディングは,読み手を不安にさせます。
「夢の島クルーズ」
 榎吉は,マルチ商法への参加を勧誘する牛島夫妻と,ヨットで東京湾に出るが,帰途,船足が止まり…
 オーソドックスな“海の怪談”という感じですね。最後まで男の子と牛島夫妻の関係が明らかにされないところが,想像力をかき立てます。
「漂流船」
 第七若潮丸が日本への帰途遭遇した無人の漂流船。港まで曳航するため,和男はその船にひとり乗り込むが…
 漂流船に残された航海日誌を手がかりに,しだいに漂流船の謎が明らかにされていくという,ミステリ仕立ての1編です。ただオチは見当ついてしまいます。また不条理ホラー的な雰囲気も漂っています。
「ウォーター・カラー」
 ウォーター・フロントにかつてあったディスコ“メフィスト”。その廃ビルを利用して,劇団“海臨丸”は奇抜な劇を上演することに…
 公演中に舞台に滴る水,上階のトイレに潜む不気味なもの…,物語は一見,オーソドックスなホラーのように進行するのですが,じつは…。結末のツイストは,ちょっと不自然な感じがしないでもありませんが,なかなか楽しめます。
「海に沈む森」
 友人とともに,未踏査の洞窟を発見した杉山。しかし思わぬ事故により,その洞窟内に閉じこめられ…
 洞窟内で主人公が感じる恐怖は,たしかにホラーでしょうが,全体としてはホラーとはいえないでしょう。この作者が好む“親子の情愛もの”とでも言いましょうか? 設定はおもしろいですが,少々陳腐な感じがします。

97/10/04読了

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