クレイグ・ライス『スイート・ホーム殺人事件』ハヤカワ文庫 1976年

 お隣のフローラ・サンフォードが射殺された! 推理作家の母親がこの事件を解決すれば,名前が売れて,今みたいに忙しくなくなるかもしれない,そう考えたカーステアズ家の3人姉弟は,事件の調査に乗り出す。サンフォード家周辺に出没する曰くありげな人物たち。いったい犯人は誰?

 海外ミステリの感想文を書く場合,翻訳の文体を俎上に乗せるのが,いいことなのか,悪いことなのか,ちょっと迷うところがあります。本書の初出は1944年,作品自体がけっこう古いのですが,翻訳者の生年が明治39年(1906年),そのせいかどうも翻訳の文体が古めかしい・・・。もちろん,原文を読んだわけでないので,もしかするとこの文体が原文の雰囲気を伝えているのかもしれませんし,またこのような翻訳文体を「味がある」と思われる方も多々おられるかもしれませんが,個人的には少々戸惑ってしまうところがあります。これは勝手な想像でしかないのですが,原文には米語スラングがずいぶんと使われていて,それを翻訳当時の(あるいは翻訳者に馴染みのある)日本語俗語に訳していると思うのです。ところがスラングや俗語というのは流行り廃りが激しいため,どうしても古い訳文にはピンとこなくなってしまう,そこらへんが翻訳,とくに時代の影響を強く受けるエンタテインメントの翻訳の難しさなのかもしれません。

 さて物語は,隣家で起きた殺人事件を,カーステアズ家の3人姉弟―ダイナ,エープリル,アーチー―が解決するというストーリィです。おてんば娘,わんぱく小僧,といった今では死語になってしまったようなキャラクタが,大人たちを翻弄しながら,縦横無尽に活躍する様は,なんとも楽しいです。カーステアズ家の食卓で,親子そろって歌を歌うシーンなんて,いかにもアメリカアメリカしたシーンですね。そうそう,この作品,食卓のシーンというか,食べるシーンが多いです。また独り身の母親とハンサムな刑事をなんとか結びつけようと奮闘する子どもたち,といったシチュエーションもほのぼの系コメディでよく見られるものです。アメリカの古いコメディ・ホームドラマを連想させる雰囲気です。

 事件の方は,被害者フローラの周囲に出没する不審な人物たち,いったい彼らはどういう意図で事件後のフローラ家に忍び込もうとするのか? 銃声は2発だったのに,被害者に撃ち込まれた銃弾は1発だけだったのはなぜか? なぜ被害者の夫は失踪したのか? などなどの謎が提示されます。主人公たちは,あの手この手でデータを集め,不審な人物たちを洗っていきます。そしてひとりずつ容疑が晴れていきます。その「容疑の晴れ方」がそれぞれ凝っていて,さながら拍手の中で舞台から降りていく役者のようなところがあります。
 そんな風に容疑者たちが舞台から去っていくので,読者の側からすれば,いわば消去法的に「真犯人はこの人しかいないな」ということは見当がつくのですが,エープリルが,前半に引かれていた伏線から真相に気づくところは,すっきりしていて気持ちいいですね。

 ところで,猫が丸くなって座っているところを「香箱をつくる(組む)」っていうのですね。最初見たとき「誤植? あるいは訳し間違い?」などと思いましたが(<失礼なヤツ!),単にこちらが言葉を知らんかっただけでした(笑)。古めかしい訳も,風情があっていいですね。

98/06/28読了

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