ダニエル・ペナック『人喰い鬼のお楽しみ』白水Uブックス 2000年

 「最悪の怪物的愚行はつねに子供っぽい趣きを呈するものだ」(本書より)

 デパートの「品質管理係」,またの名を「苦情処理係」,しかしてその実態は,クレームをつけてきた客の前で上司から罵倒される役割の「いけにえの山羊」。そんな“ぼく”が勤めるデパートで,連続爆弾事件は発生。なぜかいつも“ぼく”がいるところで起こるものだから,同僚も警察も“ぼく”を犯人ではないかと疑っている。冗談じゃない! “ぼく”は独自に犯人を探しはじめるが・・・

 掲示板にて,「復刊ドット・コム」NAKA−Gさんからご紹介いただいた作品です。

 読みはじめの頃は,フランス文学特有の大仰でもったいぶった言い回し(<偏見でしょうか?^^;;)に,少々鼻白むものがあったのですが,それに慣れてくると,そのユーモラスで,アップ・テンポのストーリィ展開に,サクサクと読んでいくことができました。
 主人公の“ぼく”バンジャマン・マロセーヌは,怒鳴り込んできた客の前で上司から罵倒され,涙を流すことで,客の怒りを納めさせるというプロの「いけにえの山羊」という,一風変わった設定になっています。さらに,父親の違う4人の弟妹を養っているのですが,その弟妹がいずれも一癖も二癖もあり,“ぼく”は彼らに振り回されます。また,“ぼく”の同僚で友人,ゲイのタオや,作中「赤ライオン」と評されるほど闊達な“ぼく”の恋人“ジュリア叔母さん”などなど,強烈でユニークな個性を持った登場人物たちが,主人公の周りに配され,作品全体にスラプスティク的な軽快なノリを与えています。
 もちろんストーリィのメインは,“ぼく”の勤めるデパートで連続して起こる爆弾事件です。なぜデパートを事件の舞台に選ぶのか? 1件目はともかく,2件目以降,厳重に警備されたデパートにどのようにして爆弾を持ち込むのか? そして,どういったわけで“ぼく”がいるところで爆弾事件はつねに起こるのか? そういった謎がつぎからつぎへと飛び出してきます。さらに主人公を犯人と思った同僚たちからのリンチや刑事たちの尾行と,“ぼく”はいやがおうにも事件の渦中に巻き込まれていきます。そして,被害者の持っていた,若い被害者が子どもをいたぶっている無惨な写真が発見されるに及んで,事件の姿はしだいしだいにその姿を変えていきます。その展開はスピーディで,読者をぐいぐいと引っぱっていく牽引力に満ちています。
 そして緊迫感があるクライマクスを経て,エンディングへと導かれていきます。「謎解きミステリ」としてはやや弱い部分もあるとはいえ,それ以上に,前半から中盤で描かれていたスラプスティク風の情景描写やキャラクタ設定が,じつに巧みに物語のメインストリームへと合流していきます。キャラクタがキャラクタとしてのユニークさを持つとともに,それがストーリィとしっかり結びついている点,「お話作り」としての上手さに驚かされます。とくに,写真が趣味の妹クララ,オカルトかぶれの妹テレーズ,主人公が愛してやまない老犬ジュリユスなどを巧みにストーリィ展開,謎解きにあてはめていく手腕は,心憎いものがあります。

 本書は本国フランスでベスト・セラーとなり,マロセーヌを主人公としたシリーズとして,5作品が書かれているそうです。白水社という,純文学系を得意とする出版社からでているせいか,ミステリ読者の間ではあまり話題にはなりにくい作品かもしれませんが,ビターでアイロニカルなテイストもあわせもった,上質のユーモア・ミステリであることは間違いないと思います。

00/11/12読了

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