伴野朗『必殺者』カッパ・ノベルス 1983年

 アルバイトでTVレポーターをしている女子大生・小早川律子は,偶然,ロシア老人の死に立ち会ったことから,彼の足跡を追おうと決意する。そして老人が残した「手記」を入手,その中に,ロシア革命時,ロマノフ王家一族の処刑をめぐる記述を見出す。だがそれだけではなかった。手記には,日露戦争の最中に起きた皇帝暗殺未遂事件の片鱗が記されていたのだ・・・

 この作家さんの作品を読むのは,江戸川乱歩賞受賞作『五十万年の死角』『Kファイル38』以来ですから,じつに20年ぶりくらいになります。掲示板にて,石井亮一さんや姐御さんなど「伴野朗フリーク」(笑)の方々からのご推薦で,新刊書店で探索したのですが,これがなかなか見つからない(例によって文庫限定ですが^^;;)。で,ふと入った古本屋さんの100円棚コーナーで本書を発見,さっそく購入したという次第です。

 さて本編は2部構成よりなっています。「第一部」は,いわば「ミステリ編」。主人公のひとり小早川律子が,あるロシア老人の死に偶然立ち会い,彼の残した「手記」から,革命前のロシア史の謎へと迷い込んでいきます。有名な「アナスタシア皇女生存説」を「枕」にして,歴史の闇の中に埋もれた「ロシア皇帝暗殺未遂事件」へと繋がっていきます。
 ここらへん,手がかりとなる「クラコフの手記」をめぐる推理のプロセスは,小気味よいですね。とくに「暗殺未遂事件」の存在を,主人公たちが知るところは,さりげない記述から導き出されていて,好きです。それを広瀬武夫中佐生存説へと結びつけるところは,やや論理の飛躍がありますが,その飛躍こそが,この手の歴史ミステリの醍醐味といったところでしょう。

 その「ミステリ編」の推理を受けての「第二部」は「冒険編」です。登場人物の松元達哉が,「事件」を小説化するという体裁になっています。戦時中に,敵国の元首を狙うというストーリィは,有名なジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた』に代表されるように,歴史冒険小説では定番中の定番でありますが,そこに広瀬武夫と杉野孫七という,「死んだはずの人間」を復活させて活躍させるところが,言うまでもなく本編の「目玉」です。
 旅順港沖で戦死を装って上陸した広瀬と杉野は,軍閥袁世凱の協力を得て,シベリア鉄道で,皇帝の住むペテログラードへと向かいます。一方,日本スパイの潜入を嗅ぎつけたロシア政府の秘密警察オフラーナは,広瀬たちの潜入目的の探索と発見に動き出します。追うものと追われるものとの間に繰り広げられるニアミスと駆け引き,追いつめられた状況からの脱出,「獅子身中の虫」との暗闘などなど,冒険小説の常套をしっかり踏まえた展開ですね。しかし主人公が海軍軍人であるという設定から,この手のスパイものにありがちな,無惨さが感じられないところがいいですね。それと,「第一部」に登場するキャラクタ−ポポロフ,ニクーリンなど−が,「第二部」でどのように関係してくるのかというところも,面白さのひとつでしょう。宮廷道化ルデンコの「正体」が明らかにされるシーンは「なるほど」と思いました。
 ただちょっと偶然に助けられてしまう部分が目に付いたのが,気にかかりますね。

 ところで,清国スパイの張立強(チャンリーチャン)って,「チャーリー・チャン」のパロディでしょうか?

01/08/12読了

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